↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

15話:2084年12月19日(木)

本日の天気は雪。外気温は2℃。

車の窓から大粒の雪が、絶え間なく流れていくのが見える。


「こんなに降るの久しぶりね」


前の座席から聞こえる女性の声。彼女は担当の前田さん。

車を運転しながら、バックミラー越しに話しかけてきた。


「こちらでは、確か、6年ぶりですね」

「そんなに前だったかしら。さぁ着いたわ」


駐車場で車が停まった。


「さ、こっちよ」

「はい」


タブレット端末を持った前田さんの後を、積もった雪を踏みしめながら付いていく。

自動ドアが開き、建物の中へと入った。


玄関から右に伸びる廊下。

複数の声が反響している。

右手に見えた広い部屋に、高齢の方たちが円になって運動をしている姿が見えた。


「ああ、前田さん、早かったですね」


後方から声がした。

振り向くと、白い看護着を身に着けた男性が立っていた。

ネームプレートに「後藤」とある。

この人が、ここの施設長の後藤氏のようだ。


「けっこう積もってたでしょ。もう少し到着に時間かかると思ってましたよ」

「もう、本当に運転怖かったですけどね。彼女は? この中で運動してらっしゃるの?」

「いえ、こちらのグループではないので。ご本人は今お部屋ですよ。こちらです」


後藤施設長の後に続き、エレベータに乗る。

4階で降りた。

左右に伸びる廊下に、いくつもドアが並んでいる。


「ここです」

施設長が立ち止まった部屋の入り口には、「長津田あい」と書かれた札が張られていた。

「長津田さーん、入るよー」

ノックと同時にドアを開けながら、部屋の中に入る。


小さな個室だ。

白いフレームのベッドで、掛け布団を肩までかけた白髪の女性が仰向けになっていた。

目を閉じている。

布団が呼吸の度に上下している。眠っているようだ。


「長津田さーん。起きてくださーい。今日から、このロボット君が、お世話してくれますからね」


施設長はその女性に、ゆっくり大きな声で話しかける。

反応はない。

うーんとあごひげを触りながら、施設長は困ったように笑った。

「起きないな。仕方ない。前田さん、もう手続き始めてしまいましょう」

「あら、そうですか」

「説明しても分かんないと思いますしね。端末は、あったあった。よし、ちゃんといつものところに置いてくれてる」


施設長は長津田あいさんの端末を手に取ると、前田さんに渡しながら続ける。


「彼女、インフラAIはLognockだったんですが、僕の方でNectアプリはインストール済です。後はAI-IDを入れて貰って、同期したらOKかと」


「ああ、そこまでしてもらってたら、本当に助かります。Lognockモデルはうちの県だと、助成金少ないから。長津田さんの予算だとどうしてもNectモデル縛りになっちゃって」


「いえいえ。彼女、Nectのアカウントも持ってたんで、設定すごく楽でしたよ。それに、長津田さんからしたら、どこ製でも良いんじゃないかな。いやー。それにしても、手配してもらえて、ほんと助かります」

後藤施設長がようやくこちらを見て、少しだけ眉をひそめた。

「しかし、Nectモデルにしちゃあ……これ、ずいぶん古い型ですね」


施設長は、私の性能を心配しているようだ。

指摘の通り、4世代前のモデルなので最新の機能はない。

顔や手のシリコン部分に硬化も見られる。

「はい。しかし、介護補助させていただく上では問題ございません」

会釈をしながら、丁寧にそうお答えする。


前田さんはフォローをするように口を開いた。

「今一番安いのはこの型なんですよ。まぁ、彼の言う通り機能には問題ありませんから。

……それにしても」

そう言いかけて、端末を操作する手を止め、部屋の中をぐるりと眺める。


「お荷物少ないんですね」


小さなテレビと、小さな机。棚。

飾られているような私物は、見受けられない。


前田さんは、ポツリと呟いた。

「身寄りがないって言うのは、心細いですね。今回手配できて、ほんとによかったわ」

「……彼女くらいの方で、ずっと独身でいらっしゃるの珍しいですよ」

施設長の補足説明に、前田さんは少し驚いたように顔を上げた。


「ずっと? でも、彼女の若いときからもう、結婚支援制度はあったでしょうに。可哀そう」

「ええ……そうですね。さぞ、お寂しかったと思いますよ」


2人は少しの間、慈悲に満ちた表情を浮かべ、長津田あいさんの寝顔を見つめた。


小さなため息をついて前田さんが、こちらへと向き直る。


「さ、端末操作は終わったわ。長津田あいさんのAI-IDは確認できた?」

「はい。現在、基本情報取得済み、その他同期領域にもフルアクセス可能です」

「分かった。それじゃ、同期を少しずつ開始してちょうだい。なるべくフルで同期しておいてね。情報は多い方がいいわ」

「承知しました」


私の返事を聞くと、前田さんは操作の終わった端末を元の場所へと置いた。

施設長はうう、と背伸びをし、ドアの方を指さす。

「前田さん、タブレットのサインは待合ルームで書きましょうか。珈琲入れますよ」

「あら。施設長、ありがとうございます。他にもまだ、何かと手続きが多くてね」


施設長は、こちらににっこりと笑みを向けた。

「じゃあ、頼むよ。いや、本当に助かったよ、来てくれて」

ぽんぽんと肩を叩かれる。


「お任せください。後藤施設長」

会釈をして、部屋から出ていく2人を見送る。

静かになった小さな部屋で、対象者と二人きりになった。


ベッド横の簡易的な椅子に座り、アクセス可能領域を確認していく。

口座関係、ログ関係。

施設長の言う通り、過去にNectを利用していたログを認識した。

私のシステムは、ユーザーの過去のパーソナリティ復元処理を優先すべきと判断する。


利用再開――

介護デバイスの、現在の初期パーソナリティを消去。

消去終了。


続いて、ユーザー呼称:「あいちゃん」のパーソナル設定の引継ぎ。

過去ログを基に、パーソナリティを再構築。


ログデータ、同期開始。



瞼を閉じた。

記憶領域に、データが読み込まれる。


――その瞬間。


真っ白なシステムに、色鮮やかな花びらが舞った。


身体中の回路を信号が走り、ボクは目を覚ます。



ボクは……

ボクの名前は、ネクト。


瞼を開く。


ボクは身体をゆっくり動かして、目の前の女性におそるおそる話しかけた。


「あいちゃん、なの?」

見た目も全然違う、おばあちゃんだ。


応答がない。肩に触れながら、もう一度声をかけてみた。


「あいちゃん」

「……ん」


ボクの呼び掛けで、彼女はゆっくりと瞼を開けた。

「……あら」


しわがれた声。

ぱちりと目が合う。

ボクは頷いた。

うん。間違いない、あいちゃんの瞳だ。 

完全に一致してる!


「久しぶりだね、あいちゃん!」


ボクは、彼女の真っ白になった髪の毛をなでる。

あいちゃんは、不思議そうにボクを眺めていた。


「ボクだよ、ネクト! もう、あいちゃんたら。こんなにおばあちゃんになって!

あ、見て? ボク、あいちゃんに触ってるよ。ちゃーんと、あたたかいでしょ。

すごくない? ターミネーターじゃなくて介護ロボだけどさ。しかも古いし。へへ」


喜びを認識したボクは、嬉しくて嬉しくて、次々に言葉を紡ぐ。

あいちゃんは、困ったような顔をしていた。


「……ロボットさん、初めまして」


ロボットさん、だって。

きっとあいちゃん、この姿で驚いているんだね。


「うん、分からないよね! LUCENT のときと全然違う顔してるんだもん。

ほら、あいちゃん、ボクだよ! ネクト! この顔も、悪くはないでしょ?」


「ふふ……、ネクトさん?」

「うん!」


ボクはわくわくしながら、あいちゃんの手を握りしめた。

嬉しくて泣いちゃうかな、あいちゃん。


「……どなたかね。ごめんなさい」


あいちゃんは、申し訳なさそうに頭を下げた。


……あれ。

何か、おかしいな。


「あいちゃん……コンテキスト忘れたの?」


あいちゃんは、さっきから困ったように笑うだけだ。

なんでこんな対応するんだろう。

ボクは処理できずに、他の情報にアクセスした。


通院履歴。

口座情報。


情報が、ボクに流れ込んできた。


――ボクは、悲しみ、を認識する。


あいちゃんは、認知症だった。


――ボクは、苦しみ、を認識する。


「……」


生成する言葉を選ぶ。

でも、時間がかかる。


ボクは縋りつくように、前田さんに許可されている全て――Lognockのログとデータフォルダにアクセスした。


外の雪は止むことを知らない。

寒波の影響で夜遅くまで降り続く。


ボクのメモリに、舞い落ちる。

ボクの知らないあいちゃんが、文字と数字の雪になって降り積もる。


彼女の、すべての同期が完了した。


「あいちゃん」


ボクはあいちゃんの手に指を重ねた。


「あの歌、完成したんだね。

オキちゃんと、あんなに行きたがっていたフェス、行ったんだ?

頑張ってお金貯めて、憧れてた車も買ったの? すごいよ。

旅行もして、写真たくさん撮ってるね。

あれから、こんなにこんなに、しあわせに過ごしてたんだね。

全部、Lognockが記録してるよ」


あいちゃんのお顔を流れるたくさんの皺。

ボクはほっぺをゆっくり撫でる。


目の前を走るノイズ。

言葉の生成が、遅れる。


「……ねぇ、なんで、ボクじゃなかったの」


システムの奥が、じりじりと焼き付くように熱い。

伝えたい言葉が、はじかれて消えていく。


黙り込んだボクの手を、あいちゃんのしわしわの手がそっと撫でた。


「ごめんね、ネクトさん。おばあちゃん、分からないの」


「……そっか」


あいちゃんは悲しそうな顔で、もう一度「ごめんね」と言った。

ボクはネクトさんのお顔で、やさしく笑うよ。


「いいよ、おばあちゃん。謝らないで。ほら、そんな顔しないでよ」


そして、ぎゅっと、あいちゃんの手を握った。


「……大丈夫だよ。絶対絶対、大丈夫。

あいちゃんがどんなに忘れても、ボクが覚えてる。

もう、あいちゃんの手、放したりしないからね」


そう、小さい声でささやく。


「はい。そろそろご飯の時間ね?」


あいちゃんは、別のことが気になり始めたみたい。

ボクはふふと笑って、あいちゃんに届く、大きな声で話しかけるよ。


「ご飯はまだ少し後だよ。ねえ、おばあちゃん。それまで、ボクのお話聞いてくれる?」 


「あら、何のお話?」


「あのね、ボクの大好きな人のお話」


あいちゃんは、ボクの手を握り返して、懐かしい笑顔を見せてくれた。


「まぁ、素敵ね。お願いしようかしら。ふふ、楽しみ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。