14話 許せぬもの
買い物を済ませて店に帰った後、すぐにヘカティさんから例の男について聞こうとした。
だが、『先にご飯にしましょう』と言われてしまい、先延ばしにされてしまう。
ヘカティさんとウィステリアが料理してくれているのをツバキさんとテーブルで待つ。
「何かあったのか?」
そう、ツバキさんに聞かれて俺は妙な男に出会った話をした。
ヘカティさんが、そいつを"スラヴァーリア"と言っていたと話した途端に、ツバキさんが眉を顰め、底冷えのする声で『なんだって?』と呟き、ヘカティさんへ視線を送った。
もしかして……ツバキさんには言っちゃいけない事だったのか?
いや、それならそうと言ってくれないと……。
マズイ…もしケンカになったりしたら、どうしよう……。
それから、ツバキさんはわかりやすく不機嫌そうに無言のままだった。
針の筵に座っている気分の俺は、早く料理を持ってきてくれと厨房に祈りを飛ばす。
──しばらくして、二人が料理を運んできてくれて食事が始まった。
しかし、お茶していた時とは打って変わり、みんなずっと無言で料理を口に運ぶ。
妙な緊張感があり、ウィステリアは何がなんだかわからないと戸惑っていた。
事情を話してあげたいけど、そもそも俺自身がそこまでわかっていないし、なによりこの空気の中声を出す勇気を出せない。出す理由が思い浮かばなかった。
二人が作ってくれた食事は、とても美味しいのだけど、そう感じていられない居心地の悪い空気のまま終わった。
そして、一息つく暇もなくヘカティさんが口を開く。
「……買い物の途中で、スラヴァーリア伯爵と会ったわ」
「そうか…………また、仕入れだろうな」
「でしょうね……。ガゼル君が目を付けられていたわ。けど、私が追い払ったから多分大丈夫だと思う」
「そうか…助かる……」
話す二人の間には、緊張感──いや、なにか少し違う気もするが、そういった口を挟みにくい感じがした。
──それでも、俺は声をかける事にする。声をかけられた俺は当事者なんだ。空気を読んで黙っている場合じゃない。
「あの、結局スラヴァーリア伯爵って何なんだ?」
二人は割って入った俺に視線を向けてきた。
「クソ野郎だ。近づくなよ」
「ツバキ、それじゃ何もわからないわよ……ごめんなさいね。あの男は私もツバキも因縁があって、少し苦手なのよ」
ヘカティさんは、言葉を選びながら気まずそうに謝り説明してくれる。
「はっ……苦手だと?ハッキリ言ったらどうだ、憎んでいると」
今までで一番刺々しい言い方をするツバキさん。
こんなに感情的な物言いをするタイプとは思ってなかったので、俺は少し戸惑ってしまう。……それとも、それ程の何かがある──あったのだろうか…?
「そうね……確かに憎んだ事もあったわ……」
「今は違うとでも言うのか?」
「ええ…許したわけじゃないけれど、もう憎むのは止めたの」
「………」
険しい顔のツバキさんに対して、ヘカティさんはまだ穏やかに話してくれているように感じる。
……話の内容は、ちょっと断片過ぎてわからないけど。
「奴は師匠を──師匠の死を穢したんだぞ……」
「あれは仕方がなかったわ……それに、私達は余所者だった…どうしようもなかったのよ」
「だからって納得出来るわけないでしょ!?」
机を叩き立ち上がるツバキさん。
「落ち着きなさい。……話が逸れちゃったわね。
スラヴァーリア伯爵は本当に危険な人よ。色々な発明、開発の功績で貴族に成った人物なんだけど、魔獣や奴隷を使った研究なんかもしてるのよ」
「え…?奴隷を……使ったって……」
それって、人体実験をしてるってことか……?え?じゃ、じゃあ、あの面白そうって……実験材料としてってことかよ!?
「私のこの身体も、あいつの研究結果の一つよ」
ヘカティさんはそう言って太い四本の腕を見せてくれる。
体も大きいが、腕もかなり太くたくましい……殴られたりしたら吹っ飛んでしまいそうだ。
「なに──そうだったのか……?」
「そういえば、貴女にも話してなかったわね。私はアイツにこの姿にされて、反発して奴隷商に売られたのよ」
「……あいつに売られたのは前に聞いたが……ならなぜ奴を許した?」
「言ったでしょ?許してはいない。けれど、憎み続けるのはもう止めたのよ。もう私にアイツの存在は必要ないわ」
「……そうか」
そう言ってツバキさんはため息を一つ漏らした。
……憑き物が落ちたようなヘカティさんに対して、ツバキさんは酷く疲れているように、俺には見えた。
◆
「本日はよくぞおいでくださいました、スラヴァーリア伯爵様」
「いやいや、いつも世話になるね。それで?どのくらい入荷したんだい?」
「はい。今回は少々多めに二十程。ただ、一人かなり反抗的なのがおりまして……若い男だったのですが逃亡を企て従業員にも手を出したのでやむを得ず足の腱を切っております」
「……ふーん……ちょっとソレ、見せて貰えるかな?」
「わかりました。こちらへどうぞ」
………
「こちらでございます」
「……!これはこれは……イイね。とてもイイ。掘り出し物だよ!よし、コレも含めて二十、全て買おうじゃないか!」
「毎度ありがとうございます」
「な…なんだ、お前……?」
「君のご主人様だよ。喜ぶとイイよ。ワタクシに買われるという幸運をね。特に君は特別扱いだよ。えーと…コレ、名前あるのかい?」
「はい。ランタ、と呼ばれておりました」
「では、ランタ君。今日からよろしく頼むよ?ふ…ふふふふふふ……」




