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第1話 始まりの小屋

───夢を、見ている。

 暗闇、痛み、寒さ、炎、光、熱さ──よくわからない。ぐるぐると目のまわるような浮遊感から突如、落下して行く感覚に襲われる。

落ちる──墜ちる──おちる……

『ごめんなさい…ガゼル……ごめんなさい……名も知らぬ──』

……落ちてゆく最中、声が聞こえた気がした。



 カタンっと、何かの音が鳴った。

 その音でビクリと体を震わせ、ハッと目を見開く。

 目の前には木製の部屋と赤い髪の女の子。……まだ夢の中?

 ぼんやりとした頭のまま周りを見渡す。さほど広くない部屋、筒状の何かから出ている火の明かり。そして目の前の少女…

 パチパチと火の燃える音、木材と木の燃える匂いに少しずつ目が覚めてくる。

 ──ここ、どこだ?


「か、神さま…?」

「…え?」


 え?どういうこと??

 神様って……俺の事か?


───ズキリッと頭痛がした。


 困惑して返事出来ずにいると、少女は踵を返して部屋から出て行った。

 少し迷って、意を決して少女の後を追う。


「おあっと…」


 布の仕切りを開け、ゆっくりと注意して部屋を出る。

 そこは、木々に囲まれた森だった。

 一面、森だった。

 風が木々を揺らし、木の香り、森の香りが夢では無いと訴えてくる。


「…ここ、どこだ?」


 今度は声が出た。

 いや、ホント何がどうなってるのか……。

 足元を見ると石の階段とその下で跪き並ぶ人々が、こちらに向かって祈りを捧げていた。

 先頭の…おっさん?のところに先程の少女がいた。他の人達と違うきれいな赤い髪が目立っている。

 少女が何かを話して、全員の目がこちらに向けられた。


「か、神が降臨なされたぞ!!!」


 誰かが声を上げ、俺はびっくりして少し後ずさる。

 そういえばあの少女も神様って言っていた……やっぱり、俺が神様ってこと?


───また、ズキリと頭に痛みが走る。


 神様、神様、と口にしながら頭を垂れ土下座する人達に曖昧な笑顔で少し右手を挙げて、居た堪れなくなって小屋の中へ戻った。

 ……いや、なんだこれ。

 落ち着け、とりあえず落ち着こう。

 まずは…まずは──あれ?

 俺は…だれ……だ───────────────


「神様」


 呼ばれ、思考が止まり、少し、落ち着く。

 …大丈夫だ。何もかも忘れてはいない…みたいだ。ただ、自分の事は何も思い出せない。

 自分の姿を見てみると、見慣れない服を着ている気もするし、そうでもない気もする。違和感は消えてくれない。


「神様」

「えーと、とりあえずその、神様ってなに?」

「神様は神様です。戦いの神、ガゼル様」


 先程の赤髪の少女と、先頭に居たおっさんがいつの間にやら……いや、俺がぼーっと考え事をしてる間に小屋の中まで追ってきていた。

 ずっと神様神様と、一体何なのかと聞いてみれば、戦いの神だそうだ。

 なるほど?

 つまり、俺は戦いの神ガゼルだという事か……。

 なるほどなぁ……残念ながら全く記憶はないが、なるほど……。

 ……いや違うだろ。記憶は無いが、不思議と──不思議でもないか……まぁ、違うと思う。

 だが、二人はそんな俺にかまわず話を進めていく。


「神様。今、我らが村は薄汚い人擬(ひともど)き共の脅威に晒されております。どうか……どうか、我らをお助け下さい」

「おねがいいたします」


 そう言って二人は座り、深く頭を下げてきた。

 ……どうしたものか──と、俺は天井を見上げる。

 うーん……うん。

 まずは、誤解を解こう。 


「えと、とりあえず頭を上げてください。それと──」

「おお!ありがとうございます!ありがとうございます!!よかった!!これで村も救われます!おい、お前もよくやったぞ!」


 俺の言葉を途中で遮り、おっさんは大声で感謝を繰り返してきた。

 いや、話は最後まで聞け?


「いえ、そうじゃなく──」

「混ざりモノの巫女でもなんとかなるもんだな!そうだ!神様、この娘は貴方様の巫女でございます!どうぞ御納めください!」

「え……?」

「は?」


 俺の言う事などまるで聞かないおっさんは一人でデカい声で、べらべらと喋り、最後になんかとんでもないことを言い出した。

 巫女と言われた赤髪の娘も予想外だったのか、下げていた頭を上げて驚いた顔でおっさんを見ている。


「この小屋と、その娘はお好きにお使いください!そうだ!食事もお持ちしましょう!少々お待ちください!失礼いたします!」


 言いたいことを言っておっさんは部屋から出て行った。

 その……まずは俺の話を聞いてくれないか?

 巫女の少女と小屋に取り残されて、ちょっと気まずい。

 お好きにお使いくださいって……この娘、絶対そんなの聞いてないだろ。

 さっきも寝耳に水って反応してたし。

 見てからにしょんぼりして、視線は床を向いている。

 ……まずは、この娘とお話ししてみようか。


「えーと…とりあえず、詳しい話を聞かせてくれる?」

「あ、はい……」

「君の名前は?俺は……ごめん、ちょっと名前とか何も思い出せなくて……」

「わたしは、ウィステリアと言います……。あの、貴方様は戦いの神のガゼル様──ですよね……?」


 戦いの神……ねぇ……。

 全然、心当たりも無いし、まるでピンとこない。

 だが、ガゼルという名前には、()()()聞き覚えがあるような……そんな気はする。

 ……自分の事を思い出すまで、一時、そのガゼルの名前を借りとくか。


「わかった。名無しも不便だし、ガゼルって呼んでくれていいよ。

 それより詳しい話を──」

「お待たせいたしました!大した物は出せずお恥ずかしい限りですが……どうぞ御賞味下さい!」


 喧しいおっさんが飯を持って帰ってきた。

 ノックというか、入る前に一言かけるみたいな文化は無いのか?ないんだろうな……。


「少量ですが酒もご用意いたしました!──おい!何してる!さっさとお酌をしないか!」

「は、はい……」

「いや、その……それよりもだな──」


 飯とか酒よりもまずは詳しい話を聞きたいんだよ、俺は。

 だが、おっさんは止まらないし、話を聞かない。

 何か、焦っているのか…慌てているのか……笑顔なのに、どこか薄ら寒さを感じる。


「あー!そうですな!私が居てはお邪魔ですな!退散いたします!

 おいお前!しっかり神様に御奉仕するんだぞ!いいな!それでは失礼いたします!」


 一方的に──というか、あれはもう大きな独り言だな──言いたい事だけ言って、おっさんは出て行った。

 なんか、なんもしてないのに疲れた気になってしまう。


「あの……お酌を…」

「いや、いいから。それよりも詳しい話を聞かせて欲しい」


 そう言ってウィステリアの方を向いた時、俺と彼女の腹が空腹を訴えて音を鳴らした。

 ……運ばれてきた飯が、美味そうな香りを狭い部屋の中に振り撒いている。

 だとしてもタイミングの悪い……。

 ウィステリアも顔を赤くしている。……ちょっとカワイイと思ったのは内緒だ。


「……先に、飯にしようか。えーと、食べに行ってきていいよ?」

「いえ……大丈夫です」

「遠慮せず、一度外に出て皆んなと───」

「大丈夫です!」


 ウィステリアはこれまでで一番大きな声を上げて、こちらを、必死な表情で見てきていた。

 少し驚いていると、ハッとした様子で、また視線を落として俯いてしまった。


「あの…本当に、大丈夫ですから……」

「そ、そう…?」


 ……なにか、事情があるんだろうな。

 そういえば、あのおっさんから混ざり者とか言われてたな。

 俺に捧げるみたいなこと、一方的に言われてたし、迫害……されてるのかな……。


 よく見ると、腕や首元が痩せているのがわかった。


 ……よし。


「それじゃ、まずは飯を食べようかと思う。……少し、量多いみたいだからさ、半分食べてくれるか?」

「……え?……その、そんなに多くなんて……」

「少食なんだ。頼むよ」

「……わかり、ました……」


 俺たちは、膝を合わせて食事をとる。

 味は──よく、わからなかった。

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