表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Extended Universe   作者: ぽこ
月影に咲く英雄

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/85

当意即妙 -1

毎週、月曜日と金曜日に更新中!


nullが杖を構えた瞬間、敵は恐ろしい速度で、一瞬にして距離を詰めてくる。まだ部屋に入ってもいないというのに、どうやらもうすでに戦いは始まっていたようだ。


「っ――!」


全く気は抜いていなかった。全神経を研ぎ澄ませていたはずのnullですら、一瞬反応が遅れたと錯覚するほどだ。視界が揺れ、重力が歪む。気づけば敵の爪は目前に迫っていた。


瞬時に迫られる二択。――躱すか、防御するか。


目の前にはエルディンが剣を構えている。

自分だけが避ければ、彼はどう動く?守ろうとするか、共に退くか。

その逡巡を飛び越え、口が先に動いていた。


「――神経加速ニューロスプリント!!」


加速した思考で、最速の一手を選び取った。


「――スパーク・ショット!」


雷弾が走り、剝き出しの魔導核へ直撃する。赤黒い光が一瞬で鈍り、巨体がビリビリと痙攣して動きを止めた。


「今のうちに……!」


持続は長くない。そう悟ったnullはすぐさま次の魔法を叩き込む。


「――クレイ・バインド!!」


地面が隆起し、分厚い土の鎖が蛇のように絡みつく。異形の四肢を拘束し、軋む音と共にその動きを縛り上げた。


「はああぁっ!」


エルディンが天井近くまで跳躍し、光を反射する剣を振り下ろす。全身の力を込めた一撃は、鋼鉄と肉の混じった異形の肩に叩き込まれ重く鋭い衝撃音が響いた。


――ガァンッ!! 


敵の巨体は後方へ吹き飛び、重い音を残して壁に激突する。鉄骨が軋み、埃が宙を舞う。


「――ルミナス・レイ!」


間髪入れず、nullの杖から迸った光線が一直線に敵を貫く。

魔力濃度の高い空間がそれをさらに増幅させ、太い光柱となって収束し、轟音と共に壁を抉りながら敵を押し潰した。崩落した瓦礫が雨のように降り注ぐ。


エルディンは光の余韻の中を走り抜け、追撃を振り下ろす。しかし、異形は片腕を掲げ、その鉤爪で刃を受け止めた。


「っ……!」


剣と爪がぶつかり、凄まじい火花が飛び散る。

しかし次の瞬間、もう片方の巨大な腕が横薙ぎに振るわれ、エルディンの身体を直撃した。


「ぐあっ――!!」


轟音。壁を突き破るほどの衝撃で、エルディンは反対側に叩きつけられる。血の気が引く音を聞いたような錯覚の中で、nullは即座に詠唱を重ねた。


「――ヒール! クイック・チャージ!」


回復の光がエルディンを包み、nullは深く息を吸い込む。

まだ動ける。まだ戦える。だが――神経加速ニューロスプリントの効果はもう切れる。


(切れる前に次の手を打たないとね。)


杖を構え、魔力を一気に練り上げる。


「――アイシクル・ストライク!」


鋭い氷刃が三条、風を裂いて飛ぶ。ひとつは敵の胸核に突き刺さり、瞬時に凍結が広がる。もうひとつは腕を貫き、鉤爪の動きを鈍らせ、最後の一撃は足関節に命中した。

バキィッ! と凍りついた関節が軋み、異形の巨体はバランスを崩し、前方へとよろめいた。床をもう一方の鉤爪で強引に抉り、激突を免れるも、その隙を見逃さない。


「――ゲイル・インパクト!」


突風が炸裂し、敵の巨体も崩れた体勢では抗えず、壁際まで叩き飛ばした。鈍い衝撃が室内を震わせ、鉄骨がきしむ。

その隙を逃さず、エルディンが駆け出す。剣に宿った青白い魔力が刃を包み、触れた装甲を凍りつかせていく。


「うおおおッ!」


咆哮と共に振り下ろされた斬撃が、敵の動きを縛り上げる。

nullは天へ杖を掲げるように、追撃の魔法を放った。


「――ホーリー・ランサー!」


天井に魔法陣が輝き、光の槍が五本、敵に真っ直ぐと高速落下し敵に直撃する。ドスッ! ドスッ! と床を震わせる衝撃。

光が収まったとき、敵の身体には十字の印が刻まれ、まるで天の裁きを受けたかのように光を帯びていた。


それでもなお動き続ける敵は、怒り叫ぶ。敵の喉奥から迸るのは、金切り音と獣の咆哮が混ざり合った異音。

耳をつんざく轟音に、nullは思わず顔を歪め、両耳を押さえた。空間そのものが震え、壁面のパイプが次々と弾け飛ぶ。


やがて、音が途切れる。

気づけば、敵の足元から黒鉄のスパイクが何本も突き出し、周囲を取り囲んでいた。赤黒く脈動する棘は、まるで心臓の鼓動に合わせるように淡い光を放っている。


「――ッ!」


nullが息を呑むより早く、エルディンの怒声が響いた。


「この棘に近づくな!! 魔力を吸われるぞ!!」


どうやらそれは、魔力を吸収する効果があるらしい。まきびしのような棘がエルディンのMPをじわじわ削り、その光の糸が敵へとゆるやかに伸びていく。


(吸収してる…?)


眉間に皺を寄せ、観察しながら次の手を探る。エルディンも大きく跳び退き、敵と棘から距離を取った。

だが、考える間は与えられない。敵の胸核を中心に魔力が凝集し、光が眩しく膨れ上がっていくのが見えた。


(――まずい!)


「回避!!」


エルディンの声と同時に、nullは《エア・ダッシュ》で横へ滑り込む。足が止まった刹那、さっきまで立っていた地点を巨大な光線が貫いた。先ほど自分が放ったものよりも太く、苛烈な光柱。

収束が終わると、床にはぽっかりと円孔が口を開けていた。


「…っ」


あれに直撃すれば、HPなど一瞬で吹き飛ぶ。そう確信させるほどの威力だった。

ひと時の静寂が訪れ、崩れ落ちる瓦礫の音だけが響く。敵も一撃の反動で動きを止め、ただその場に鎮座していた。


nullは深く息を吸い込み、杖を握る手に力を込める。視線は揺るがず、まっすぐ敵へ。


「――シャドウ・スライス!」


闇の刃が音を裂き、防御力を削ぐ瘴気が敵を覆う。それに続けるように魔法を放つ。


「――ウォーターボール!」


水球が弾け、金属の装甲を濡らした。濡れた表面は雷撃を誘う導線となるだろう。

計算しながら、nunllは敵に攻撃を続ける。


「――ジャッジメント・ボルト!!」


杖を高々と掲げ、祈るように詠唱する。次の瞬間、空間が一瞬で暗転し、轟く雷鳴が実験室を揺らした。

天空から落ちてきた巨大な雷柱が、まっすぐ敵を貫く。水を吸った装甲は導線となり、内部を奔流する光の稲妻が爆ぜ、ドォォンと耳を劈く轟音と共に白光が室内を塗りつぶす。

火花が散り、焦げた匂いが広がった。新しく覚えたばかりのスキルだが、その威力は想像以上だ。


「今だ…!」


nullの横で、エルディンがバリバリと感電する敵へと駆け出す。しかし敵の周囲には、なお赤黒く脈打つまきびしが残っている。


(あれをどうにかしないと…!)


nullはすぐさま杖を構え、次の魔法を紡ぐ。


「――レイディアント・バースト!」


魔力が膨れ上がり、光球が放たれる。狙った位置に着弾すると同時に、閃光と爆風が広がった。

敵を包むだけでなく、床に散らばったまきびしをも吹き飛ばし、黒い棘を弾き砕いていく。


「はああっ!」


間髪入れず、エルディンが剣を振り下ろした。金属を裂く甲高い音と共に一部装甲が破れ、破片が飛び散る。

それでも彼は止まらない。ただひたすら、連撃で敵の身体に深い傷を刻んでいった。


その隙に、nullは冷静に敵へ杖を向ける。


「――サーチ!」


==

【ゼロ=オムニア】 Lv:50

種別:融合体実験兵器 | 属性:闇 / 鉄 / 魔

HP :101,532 / 168,000

耐性:火・闇に強耐性|風・土に中耐性

弱点:雷・光・氷

特性:・研究施設内の機械から部品を取り込み、装甲・武器・防壁を再構成

   ・暴走時、周囲に魔力障壁を展開

==



使う暇さえなかったサーチの魔法。その結果が視界に浮かび上がり、nullは眉をひそめた。

(ゼロ=オムニア……)


やはり、雷・光・氷が弱点。

予想していた属性が殆ど当たっていたことから、作戦に大きな変更はないが、注目すべきはその特性だろう。


(……部品を取り込んで再構成…。つまり実質的なHP回復。そして、まきびしがMP回復の手段。さらに魔力障壁まで展開するとなると、防御面も隙がない。完全に長期戦仕様のボスってことか…。)


敵の設計意図を理解すれば、戦い方も見えてくる。崩すには、奴が嫌がる展開を押し付ければいい。それが勝率を最大化する方法だ。

自身のスキル、そして今回の相棒であるエルディンとの連携を思い返しながら、nullは頭の中で作戦を組み立てていく。


幸い、さきほどの《レイディアント・バースト》で周囲の機械は吹き飛ばした。あるのは瓦礫程度。ならば、近づけさせなければHP回復は阻止できるか。

問題は――あのまきびし。


(まきびしでMPを回復すれば、またあの光線が飛んでくる。トリガーは……時間経過か、それとも怒りか。)


考えを巡らせる間にも、戦況は進む。

【ゼロ=オムニア】はエルディンの剣をいなし、鋭い反撃を繰り出した。その動きは単なる暴走ではなく、どこか洗練された軌跡を描いている。


(……もうエルディンさんの剣筋を学習し始めてる!?)


嫌な汗が首筋を伝う。

援護のために杖を構えた瞬間、敵の爪がエルディンの胴をかすめ、彼の身体が小さく弾かれ一瞬、怯む(スタン)。追撃が腕がエルディンに届く手前で、nullの魔法が発動する。


「――ストーンシールド!」


エルディンの眼前に岩の壁が隆起し、直後に叩き込まれた腕が砕け散る。石片が弾け飛ぶ中、エルディンは距離を取り、息を荒げた。


だが休む間もなく、【ゼロ=オムニア】が吼える。

両腕を高く振り上げ、そのまま地面へと叩きつける。床がうねり、鈍い振動が足元を襲った瞬間、nullの脳裏に過去の戦いの記憶が閃く。


(――これは……!)


「――シャドウ・マント!」


黒き影が舞い、nullの身体を覆う。光を拒む薄布のヴェールが展開し、視界が一瞬だけ闇に閉ざされた。


いつぞやの【アトラクシオン】――あの巨体が放った大技を思い出す。衝撃と共にノックバック、さらにスタンを付与し、その直後に強火力の攻撃でHPを削り取られた、あの悪夢。

脳裏に蘇る光景に、nullは反射的に闇のマントで姿を隠した。効果はわずか十秒。されど決定打を避けるには十分な時間。


予想は的中した。【ゼロ=オムニア】の両腕が床を叩きつけ、轟音と共に前方へ扇状の衝撃波が走る。

影に溶けたnullには届かず――だが、エルディンは直撃を受け、体勢を崩す。


「――ぐっ…!」


次の一撃を防げない。巨躯の鉤爪が振り下ろされるのを、彼はただ見上げるしかなかった。


(やっぱりスタン効果…!間に合え!!)


「――光輝の盾!!」


杖を掲げた瞬間、眩い輝きが爆ぜ、現れた輝く大盾。黄金のバリアが展開し、光がエルディンを包み込む。振り下ろされた鉤爪を弾き返せば火花が散り、甲高い金属音が室内を震わせた。


その光に守られ、スタンから解放されたエルディンが目を見開く。すかさず剣を振り上げ、渾身の斬撃を叩き込んだ。青白い魔力を帯びた刀身が【ゼロ=オムニア】の装甲を裂き、その身を瞬く間に凍らせていく。


「……今だ!」


敵の動きが鈍り、ついには硬直。スタン状態に陥ったその隙を、nullは逃さなかった。杖を突き出し、畳みかける。


「――グラビティ・ボム! ――アイシクル・ストライク!」


重力球が敵の足元に発生し、軋むような音と共にその巨体を押し潰す。続けざまに鋭い氷刃が放たれ、凍りついた装甲に突き刺さった。砕ける音が響き、冷気と魔力が交錯して爆ぜる。


「――ルミナス・レイ!!」


杖の先端から奔流のような光線が迸る。白銀の閃光は一直線に走り、凍結した【ゼロ=オムニア】の胴を貫いた。

ズガァンッ!と轟音が響き、光が触れた箇所が一瞬で蒸発する。装甲が剥がれ、内部の魔導核が露出し、赤黒い光を脈打たせた。


『グオオオオオオッ!!』


怒号とも断末魔ともつかぬ咆哮が実験室を震わせ、砕けた瓦礫が宙に舞い上がる。空間そのものが歪み、重力が不規則にうねった。

nullは杖を握り直し、視線を鋭く敵へ注ぐ。光に焼かれたその装甲の奥。赤黒く脈動する瞳が、まっすぐ自分を射抜いていた。


(……ターゲットが移ったか)


すぐ目の前では、なおもエルディンが剣を振るい続けている。だが、【ゼロ=オムニア】の関心は完全にnullへと移ったらしい。


「――シャドウ・マント!」


影が舞い、nullの身体を包み込む。視界からふっと姿が掻き消え、敵の狙いが再びエルディンへと戻った。

その隙に、nullは敵の状態を確認する。


==

【ゼロ=オムニア】 Lv:50

HP :85,003 / 168,000

==


(……やっと半分。いや、まだ“もう少しで半分”か)


喉奥が渇く。長期戦の兆しは、ますます濃厚になっていた。


次回:当意即妙 -2

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ