VORTEX ARENA - Side:SPARKHOUND - taku
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我々は、幸運にも大会出場のチケットを手にしたチーム――SPARKHOUNDである。
VORTEX ARENAは、昔からずっと観戦していた憧れの舞台だった。
出場が決まったときは、メンバー全員で飛び上がって喜んだ。あぁ、喜んだとも。前日まではな。
だが、いざ大会当日――。
控室の中で、俺たちは肩をすぼめて震えていた。文字通り、オロオロしながら、ただそこにいるだけで精いっぱいだった。
なぜって?控室には、同じように出場するプレイヤーたちが、ずらりと勢揃いしていたんだ。その数と熱気に、胃が痛くなるのも無理はない。
だが残念ながら、強豪と呼ばれるチームやシード枠の連中はここにはいない。きっと別室か、専用の個室でも与えられているのだろう。
その事実は、控室の空気を見ているだけでもなんとなく察せられた。
昨日までは「強豪に会えるかも」なんて期待して、それはもう舞い上がっていた。けれど、今の俺たちは、何もできずに縮こまっているだけ。
いやな想像ばかりが頭をよぎる。
開始早々での敗退――何もできずに、あっさり退場。もしくは、会場の大画面に映って、やらかす。
そんな未来ばかりが浮かんでは、胃がキリキリときしんでくる。
――プロゲーマーって、こんな緊張の中で、あのハイパフォーマンスをやってるのか?
そりゃ、注目されて当然だよな。注目すらされていない俺が、これだけ胃を痛めているってのに……。
そして、控室を出て案内された先は、まさかのメイン会場の裏手だった。
歓声と熱気の渦が、壁一枚隔てたすぐそこから聞こえてくる。まるで舞台袖に立たされているような場所。そんな生々しい雰囲気に、俺たちはまたしても足がすくむ思いだった。
(まさか、ここでやるのか!?)
そう思った瞬間、本気で泣きたくなった。緊張でそわそわと動いてしまいそうな身体を、必死に押さえ込む。
そんな中、裏側が急にざわついた。
表の会場ならともかく、なんでこっち側が?と訝しんで視線を向ける。
目を向けてすぐに納得した。IRIDESCENCEのメンバーがやってきたのだ。
人気も実力もあるチーム。だがなぜか、いつも初手で爆散する運の悪さから、半ばお笑い枠としても愛されている存在である。
前回大会は、見ているこっちが青ざめたくらいだ。戦闘開始の合図と同時、フィールドに降り立った瞬間に、ZERO:NEのNE:NEと目が合い、即・半壊。
あれはもう事故というか、悲劇というか……いや、伝説の一幕だった。
(もし自分だったら……)
考えるだけで背筋が冷える。
あのNE:NEの反射神経、判断力、立ち回り。全てが一段、いや二段上の領域にある。「目が合ったら終わり」と噂されるのも、誇張じゃない。
あの映像を見て以来、IRIDESCENCEには同情と共感と、そして絶対に同じ目に遭いたくないという本能的な恐怖を覚えた。
そんなことを考えながら、無意識に何度も頷いていた時。また、ざわつきが起きた。
今度はなんだ?と視線を向ければ――これまたシード枠。
CRIMSON CRESTじゃないか!!
スナイパーと言えば彼ら。「スナイパー界の至宝」とか「一撃必殺の赤き牙」とか言われてる、あのCRIMSON CRESTだ!!
俺だって、何度も何度も彼らの大会映像を繰り返し見た。
スロー再生して、コマ送りして、解説動画も漁って。もう見飽きるほど見たはずなのに、それでも心が震えるほどの技術力。
(……感激だ!!)
まさか、こうして憧れのチームをこの目で、ナマで、眼前で!拝めるなんて!
ああ、やっぱり来てよかった……本当に来てよかった……!!
心の中でガッツポーズを決めていた俺だったが――しかし。
CRIMSON CRESTの面々は、会場の一番遠く、向こう端の端末に案内されていく。
(……拝む暇もなかった。)
なんとも言えぬ肩透かしに、ガックリと肩を落としたその時――またしても、裏手がざわつく。
(今度は……誰だ!?)
そろりと視線を向けたその先にいたのは――VALGARDと、ZERO:NE!!
なんだこの奇跡の組み合わせは!?これ、夢じゃないよな!?夢なら今すぐ覚めてくれ!!!
VALGARDといえば、近年最も勢いのある攻撃型チーム。
ZERO:NEは言わずと知れた、無軌道最強の異端児集団。
もうこの場の空気が、明らかに一段階、いや三段階くらい違う。
そして、ゆっくりとこちらに歩いてくるのは――ZERO:NEのNE:NE。
(……えっ、まさか、こっち来る?)
NE:NEが、まっすぐこちらに向かって歩いてくる。
(……えっ、えっ!?まさか、まさかの、お隣さん!?)
スタッフが手を振って、俺の隣の端末を指している。
ガチで!?NE:NEの隣で!?プレイするの!?
すまん、チームのみんな……俺はこれで、本日の運勢をすべて使い果たしてしまったかもしれん!!!
……だが、悔いなし!!!!
周囲から向けられる羨望の眼差しが、これでもかというほど突き刺さってくる。
なるほど、ZERO:NEってのは……ここまで人気あるのか。
いやほんと、こっちが居たたまれなくなるレベルだ。
……けど、隣にいる彼女をチラリと盗み見ると、彼女はじっと前を見つめていた。微動だにもせず。
小柄で、あどけない顔立ち。だけどその見た目からは想像できないくらい、スタイルがすごい。細い首元にしなやかな腕、そして――思わず目を逸らしたくなるほどの存在感ある胸元。
(いや、ちょっと待て落ち着け俺!!)
満員電車にでも乗ったら、たぶんあっという間に押しつぶされそうな華奢さなのに、なんでこの人あんなに戦闘力高いんだ……?
などと、どうでもいい方向に思考が彷徨っていた、そのとき――
バチィィィィ!!
(うわっ!?)
強烈な視線に射抜かれた気がして、顔を上げた。
――SHUGO。
ZERO:NEのリーダーだ。NE:NEと並ぶ、もう一人の看板。
こちらを、いや、俺を見ている。
(目が……合った!?)
おお、まじか!?って喜んだのも束の間。その眼差しは、氷点下の殺気を孕んでいた。完全に、「何見てんだコラ」な目。
(ちがっ、違います!見てたのは尊敬の念であって!不純な動機では断じて!!)
汗がぶわっと噴き出した。背筋は凍り、心臓はドラムロール。
慌てて視線を逸らし、反対側を向く。そっちに何があるわけでもないけど、とにかくあっち向いとけ!!
荒れ狂う心拍をなだめようと、深呼吸を繰り返していると、隣のサカキが心配そうに声をかけてくる。
「おい、大丈夫か?顔、真っ青だけど」
「……すまん、大丈夫だ。……たぶん。いや、ギリギリだったが……まだ死んではいない……」
俺は小声でそう呟きながら、心の中でそっと謝罪した。
(ごめん……NE:NEさん、SHUGOさん……俺、調子乗ってました……)
落ち着いた心音に、ふぅっと息を吐けば、もう始まるらしくスタッフの声がかかった。俺は慌てて端末にまたがると、その瞬間、ZERO:NEのNE:NEが視界に入った。
微笑みながら端末を撫でる彼女は、どこか慈愛に満ちた雰囲気をまとっていて、小さく口元が動いたような気がした。はっきりとは聞こえなかったが、何となく「よろしく」と言ったように見えた。
その光景に、見惚れて、思わず立ち尽くしてしまう。
彼女を目で追っていると、スタッフから声がかけられた。
「あのー、すみません。端末の起動をお願いします。」
はっとして、俺は慌てて謝りながら、慣れない端末の操作に取りかかる。
あらかじめ聞いていた手順のおかげで、戸惑うことなくVR会場へと移行できた俺は、辺りをキョロキョロと見回してSPARKHOUNDのメンバーを探す。
(――いたいた。)
「おーい!」と声を掛けようとした、まさにそのときだった。
「ZERO:NEの皆さん、今日は我々、IRIDESCENCEが優勝をいただきますよ」
そう声高らかに宣言したのは、IRIDESCENCEのリーダー・スガヤだ!
ZERO:NEとIRIDESCENCEの邂逅。――その瞬間に立ち会えたことに、俺は思わず鳥肌が立つ。
視線を向ければ、SORAが素早くHAYNEの腕を掴み、その場からぐいと引っ張ってくる。HAYNEの顔は明らかに怒りで歪んでいた。
(ひ、ひええ……!)
思わずすくみ上がってしまう俺の耳に、またスガヤの声が届く。
「NE:NEさんには、だいぶお世話になっていますからね」
ああ、きっと前回の大会のことだ。
内心で頷いていたその時、SHUGOがさらりと返す。
「うちのメンバーは、みんな優秀なので。各自の判断で動いてもらってます。それが“うちらしさ”でもありますから」
――らしさ。
確かにZERO:NEには、他のチームとは一線を画す魅力がある。とはいえ、これは挑発に対して挑発で返したようなものじゃないか?
そう思ってスガヤの顔を盗み見たら――案の定、こめかみがピクピクしてる!!
(ま、まずいって……!)
「ですが――今回は、ああはいきません。今回は、我々に運が向いている」
そう言い残してその場を去り、こちらへ向かってくる。その顔は繕う余裕すらなく、思いっきり歪んでいた。
(ちょ、超こわい!!!)
バクバクと高鳴る心臓を抑えながら、またもや聞こえてきた声に顔を向けると、そこには――CRIMSON CRESTのリーダー・龍鬼が、楽しげに話していた。
(うわーー!!またしても、とんでもない邂逅に立ち会ってしまった!!!)
テンションが爆上がりする俺。
だがその一方で、場の空気はいつの間にか不穏になっており、気づけば龍鬼がZERO:NEに対してあからさまな挑発を始めていた。
内心では焦る。でも、同時に納得もしていた。
だって相手は、あのZERO:NEのSHUGOとNE:NEだぞ!?
人気の度合いで言えば、他チームの追随を許さないレベルだ。
SHUGOは冷静沈着な戦略家であり、チームをまとめるカリスマ的リーダー。個人の実力も文句なしで高く、堅実で安心感のあるプレイスタイルも相まって、観客からの好感度も抜群だ。
しかも――顔よし、スタイルよし、性格よし、頭もいい。
何それ?本当に同じ日本人なの??
……羨ましすぎるんだが!!!
それから、NE:NE!
彼女は本当にかわい…じゃなくて、優れたプレイヤーだ。
意味のわからない反射神経に、驚異的な身体操作。アバターとは思えないほど精密で、なおかつ豪胆な動きで人々を魅了する。
まさしく、VRゲームのトッププレイヤー。
しかも、頭の回転が速くて冷静。毎回その判断力で、チームの窮地を救っているのだ。
そんな彼らのチーム――ZERO:NEは、とにかく大人気!
なぜか方向性はバラバラで、連携もどこか残念なのに、なぜか強い!!
……なんで??
いや、まぁ。一人ひとりがとんでもなく強いんだな。
なんだかんだで、お互いをサポートし合ってる、すごく良いチームなわけだ。
うんうん、とひとり頷いていれば、またもや、CRIMSON CRESTとZERO:NEが、わちゃわちゃと楽しげに話している。
耳を傾ければ、「コメントが少ない」とか「CRIMSON CRESTをもっと応援しろ」とか、視聴者に語りかけている騎馬の言葉に、思わずほっこり。
俺はようやく、今度こそチームメンバーを探しに動き出すのだった。
「タク、どうしよう!!」
「リーダー!!」
おい、お前ら。いつも俺のこと、リーダーなんて呼ばねぇだろう。やめろよ。泣きつく時だけ、都合よく俺をリーダーに仕立て上げるな。
やっと見つけて近づいてみれば、会場の雰囲気にのまれて完全に委縮してるメンバーたちが、泣き言をこぼしながら縋りついてくる。
俺だってさっきまで、強豪チームとのやり取りを目の前で見て、心臓がバクバクだったんだぞ!?
今度は胃か!? 胃にくるのか!?
「あー、まぁ……きっと何とかなるって。俺たちだって、ここに呼ばれたってことは、それなりに実力を認められて……」
……るんだよな?
いや、待て。俺たち……モブじゃねぇか?
途中で止まった俺の言葉に、メンバーのアザミが食いつくように泣きついてくる。
「おい!!リーダー、やめてくれよぉ!! どっちにしろ、きついってばよ!!」
たしかに。
俺は思わず、内心で頷いてしまった。これだけの強豪がそろう、しかも舞台はVORTEX ARENAだ。
「ま、まぁ……あれだ。全力で頑張るしか……ないだろ!!」
「そうそう、タクの言う通りだよ!」
無邪気にそう返してきたのは、メンバーのクロスだった。
「みんなさ、もっと気楽にいこうよ。
ここには、俺たちが憧れてたプレイヤーたちが目の前にいるんだぞ?
観客として見るよりずっと近くで、あの人たちのプレイを楽しめるかもしれないんだ!」
こいつはいつもこうやって、場を和ませようとしてくれる。そしてメンバーたちは、あっさりその言葉に励まされる。
……ちょろすぎじゃないか?
どう考えても、俺たちなんか中堅どころに当たって一瞬で終わる未来しか見えない。
いや、ていうか俺さっき運使い果たしたし……。
まぁ、いいか。
チームの空気が少しだけ明るくなった頃、スタッフの呼びかけが届いた。
壇上に現れた、通る声を持つ男性MC。高らかにマイクを掲げると、会場全体の空気がピリリと引き締まる。
そして、カウントダウンが始まる。
俺は深く息を吸い、心の中で何度も何度も願った。
――神様仏様、どうかお願いします!!
初手、シード枠だけはやめてください!!!
情けないと思いながらも、俺は祈るように手を組んだ。
「3・2・1―― VORTEX ARENA GAME START!!」
降り立ったのは、最難関と名高い――廃都市フィールドだった。
周囲には崩れかけたビルが立ち並び、視界も悪い。これなら初手から他チームと鉢合わせることはないだろうと、胸を撫で下ろした、そのときだった。
近くから、ものすごい声が響く。いや、雄たけびと言うべきか。
「うおおおおお!! やってやるぜ!!! 俺が全員ぶっころーーす!!!」
……その声は、聞き返すまでもない。
ZERO:NEの、HAYNEだ!!!
「やばい!! お前たち!!逃げるぞ!!」
全力でそう叫んだ俺の声とともに、我々SPARKHOUNDは身をかがめながら、慌ててその場を離れるのであった。
あ、あ、あっぶねぇぇぇぇぇぇ!!!!!!
―― side end.
次回:First Blood
★メモ
SPARKHOUND
中堅/ 索敵と追跡性能に優れるハウンド型チーム。




