VORTEX ARENA -1
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大会当日、お祭り騒ぎの会場は、朝から熱気に包まれ、観客たちは注目の戦いをひと目見ようと押し寄せていた。
会場の中にも外にも出店が立ち並び、コラボ商品や人気店には長蛇の列ができている。飲食物やグッズ、応援用の団扇、銃を模した玩具など、商品も多種多様だ。毎年恒例のこの大会は注目度が高く、年々その人気は増している。
会場の外には大きなスクリーンが3基、会場内には至るところにモニターが設置されており、どの場所からでも観戦が可能という理想的な構造で、観客たちの期待も自然と高まっていた。
友人と一緒に来た者、カップルや夫婦で訪れた者、ネットで知り合った仲間と合流した者、さらには単独で参戦している者まで、観客層は実にさまざまだ。
そして驚くべきことに、その男女比はほぼ五分五分という、ゲーム大会としては異例のバランスを誇っている。
会場に来られない者たちは、自宅からの配信視聴や、VR端末を通じて仮想会場に参加しているケースも少なくない。総勢数百人を優に超えるこの大会の目玉は、なんといってもプロゲーマーチーム同士の対決だ。
なかでも『ヴォルコン』は屈指の人気タイトル。今大会も、開幕前からすでに大きな盛り上がりを見せていた。
そんな会場の奥にある控えの一室。そこだけまるで異世界のように、外とはまったく異なる空気が漂っていた。
……沈黙。
プロゲーマーたちが本番を目前に控え、全員揃っているというのに、室内は静まり返っている。まるでここだけが何かの罰ゲームの真っ最中であるかのように、張り詰めた静寂。
会場の賑わいは扉越しに伝わってくるというのに、部屋の中はざわざわとした外音が逆に強調されるほどの沈黙だった。
普段は元気で明るいキャラクターの空良さえ、沈黙を守っている。そんな中、最初に口を開いたのは、この男だった。
「あー、だりぃ…」
心底めんどくさそうにそう呟いた隼人は、この空気をまるで感じ取っていないようだった。我が道を行く、いつも通りの男である。
「はやとくん、良くないよー。本番前なんだから」
空良が苦笑混じりに宥めるように声をかけるが、隼人はまるで気にした様子もなく、自分の携帯端末を覗き込んでいた。そして、それを面白そうに寧々へと見せつけてくる。
「ほら、寧々。見てみろよ。お前の名前、流れまくってるぞ」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべる隼人に、寧々の眉がぴくりと動いた。
「うわー、最悪。下手なことできないじゃん……」
心底うんざりしたように顔をしかめると、彼女は会場の生配信が流れている端末から目を逸らし、自身のゲーム機の画面に視線を戻した。
「いいよなぁ、お前らは。人気者でよ」
そう呟いた隼人に対し、寧々は投げやりに返す。
「全然うれしくなーい」
そして、同じく「お前ら」と括られた柊吾は、いつも以上に硬い表情で黙り込んだままだった。返す余裕など、今の彼にはなさそうだ。
(まったく……)
寧々は溜息まじりにゲーム機をしまい込み、いまだに端末をこちらに向けて見せびらかしている隼人に視線を向ける。
「ねぇ、HAYNEさー。今日は何位を目指してんの?」
「はぁ?何言ってんだ。やるなら――1位に決まってんだろ!」
さも当然のように言ってのける隼人に、寧々は気のない様子で適当に頷いた。
「あー、うん。まぁ、そうだよねぇ。勝てるといいよねぇ~」
「なんだよそのやる気のなさは! 俺は今回、全員ぶっ殺すつもりで挑んでんだぞ!!」
(物騒な……)
そう思いつつも、口には出さずに「うんうん」と頷いてやる。それを見た空良が、勢いよく手を挙げた。
「私も私もーっ! 今日は最後まで生き残るよー! サポート役がいないと、みんな困るもんねー!」
いつも通りのテンションでそう叫ぶ空良に、隼人も笑って返す。なんだかんだと、隼人と空良は気が合うのだ。
くだらないことを言い合いながらも、場の空気をやわらかくしてくれる。そして、そんな二人を見ていると、つい周りも笑ってしまう。
「今日も、全力で突っ込んでいくハヤトくんを、絶対助けるからね!」
「おう、頼んだ。死ぬなよ?」
ニヤリと笑う隼人は、どこかいつも以上にご機嫌だった。さっきまでは何やら集中していたというのに、作業が終わったとたん、すっかりいつもの調子に戻っている。
――コンコン。
控室の扉から軽快な音が響き、メンバーの視線が一斉に集まる。閉ざされた扉の奥から、丁寧な男性の声が聞こえてきた。
「ZERO:NEの皆様、大変お待たせいたしました。ご案内の準備が整いました。」
「はい」
返事をしたのは、柊吾である。その声に呼応するように、すぐさま扉がガチャリと音を立てて開く。
今大会のスタッフらしき男性が穏やかに微笑み、一礼を見せと、それを合図に、メンバーたちはゆっくりと立ち上がり、それぞれ身体を伸ばしながら廊下へと足を踏み出した。
廊下もまた、相当な賑わいを見せていた。スタッフたちが忙しなく行き交い、関係者らしき者たちは無線機片手に情報を飛ばし合っている。
「あー? VALGARDじゃねぇかぁあ」
突然、隼人の挑発めいた声が響き、メンバー全員の視線が前方へと向く。
「ちょっとー、ヘインくんさぁ……ダメだってばー、もぉ」
ぷくりと頬を膨らませた空良が隼人をたしなめるが、彼に届いた様子はない。この男、まったく聞く耳を持たないのだ。
「大人気プロゲーマーチームのVALGARDさんと会えるなんてなぁあ!」
隼人の声が廊下に響き渡る。
その性格をよく知っているVALGARDのメンバーたちは、揃ってため息をつきながら、こちらへと視線を向けてきた。
「特攻隊長は、今日も楽しませてくれるのかな? HAYNEくん」
にこりと笑いながら、さらりと挑発に乗って返す相手メンバーの男。それを見た両チームの面々が、そろって大きくため息を吐く羽目になった。
「すまない、うちのHAYNEが」
柊吾が颯爽と前に出て、ぺこりと頭を下げる。すると、相手方のリーダーも苦笑しながら慌てて頭を下げ返した。
「いや、すまない。うちのも大概なんだ。……ユーリク、お前、謝れ!!」
「はぁ? 何言ってんすかリーダー! ケンカ売ってきたのは向こうでしょ?」
「いいから頭下げろ、このバカ!!」
VALGARDのリーダー・相田がユーリクの頭をがっしりと掴み、ぐいっと力を込めれば、その勢いに体勢を崩したユーリクの上半身がぐにゃりと折れ曲がる。
「いてて……」
なんとも情けない声を上げるその様子に、隼人は満足そうな顔を浮かべていた。
「HAYNEも頭下げなさい」
寧々が冷静に突っ込むと、隼人は「へいへい」と気だるそうに返しながら、棒読みで「スミマセンデシタ」と謝った。
その心のこもっていない態度に、頭を押さえつけられたままのユーリクがもがき始める。
「おいテメェ、本当に謝る気あんのか、コラァ!!」
強引に頭を下げられたまま、怒鳴り声を上げるユーリク。それを見て、ますます満足げな隼人に、寧々はため息をつきながら一歩前へ出た。
「申し訳ありません」
きっちりと頭を下げる寧々。その瞬間、今度はVALGARDのメンバーたちが慌てふためく。
「うわっ、やめてください、NE:NEさん!!頭、上げてくださいって! ね?」
「ですが、うちの馬鹿が……」
「い、いいですから! おあいこですからー!!」
困ったように笑い、寧々に触れるわけにもいかず、そわそわと手を動かしているのは、VALGARDの副リーダー・山さんである。
彼は非常に温厚で、性格も良い。そんな彼と何度も対戦してきた寧々は、いつも不思議に思っていた。
どうしてこの人が、あんな戦法を思いつくのか?
そう思うほど、彼のチームは凶悪な戦法を使ってくるのだ。人のよさそうな見た目に反して、実はけっこうやんちゃな人なのかもしれない。そう寧々に思わせた人物でもある。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げれば、山さんはまた困ったように笑いながら、後ろ手で頭をかいた。
「やまさんは、本当に優しいですね~」
空良が何気なく褒めれば、山さんは恥ずかしそうに身を縮める。そんな彼の背を、後ろのメンバーがぽんと軽く叩く様子は、実に仲睦まじい。
ZERO:NEとは対照的な、統率の取れたチーム。それがVALGARDに対する世間の大方の印象だ。
「お互い、今日も頑張りましょう」
人のよさそうな笑顔でそう言って流してくれる相田は、軽く会釈をして歩き出した。スタッフの男性も、場が落ち着いたことにほっとしたようで、苦笑を浮かべていた。
会場に近づくほどに、賑わいの声や音が大きく響いてくる。まるでライブハウスで生演奏を聴いているかのように、体内にまで振動が伝わるほどの盛り上がりだった。
その歓声の大きさに、じわりと手に汗がにじむ。心臓がドクドクと鳴り、頭がふわふわと浮ついてくる。まるで映画のワンシーンでも見ているようで、少しずつ現実味が薄れていった――そのとき。
肩に、ぽん、と重みが加わる。
「寧々、いつも通り頑張ろうな」
いつもより穏やかで、どこか覚悟を決めたような顔をした柊吾が、不器用に笑いかけてきた。
(しゅー……)
「大丈夫。入っちゃえば観客なんて見えないし、私はいつも通りできるよ? ――私はね?」
緊張を隠さず、けれどゲーム内では自分は平常心で戦えると、暗に伝えてみせる。だけど返ってきたのは、どこか苦い顔。
どうやら、まだ覚悟ができていなかったのは彼の方だったらしい。寧々にかけたその言葉は、実は自分自身への言い聞かせだったのだと気づく。
――バンッ!
呆れたように、彼の背を強く叩いた。
「しっかりしてよ? リーダー」
「あぁ、大丈夫。きっと大丈夫だ。……俺はもう、間違えない」
その言葉を聞いた寧々は、安心したように頷いて見せた。
その何気ない仕草で、彼の背を押せるように。
次回:VORTEX ARENA -2




