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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
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46話 チャレンジ

 クリスさんはこの日、村を撮影すると言った。

 朝の時間はゲストハウスの中と周辺を歩き回りながら、英語で楽しそうに動画を撮影しており、その間に俺は掃除を済ませた。


 午後になると、文月さんから、


「うちの宣伝にもなるから、立派な仕事よ。手伝いに行ってちょうだい」


 との指示を受け、俺も同行することに。

 一日経って、クリスさんは昨日より砕けた口調になっている。俺は立場上敬語を使っているが、彼には親しみを感じていた。


 自分の好きなことに熱中している人は、見ていて気持ちがいい。


「村のこと、案内しますね」

「助かります。ありがとう」


「いえいえ。どこか行きたいところってありますか?」

「日本の田舎だと伝えられる場所、ありますか」


「田んぼと畑と、あと神社はけっこうそれっぽいですかね。川もあるし山もあるから、わりとどこでも」


 このレベルの田舎になると、どこにカメラを回しても「田舎だぁ!」とわかるだろう。問題は、女蛇村にしかない特徴があまりないという部分だ。

 まあそれは明日以降、加苅を加えて解決すればいいか。結局朝はいろいろあって、なにも聞けずじまいだったからな。


「どうやって撮影するんですか?」

「ドローンを飛ばします」


「じゃあ、ここから飛ばしてもいいかもしれないですね。わりと村の真ん中なので」


 俯瞰で撮るなら、全体像が映る場所がいい。そしてゲストハウス『白蛇』は、比較的その条件を満たしている。

 ここの駐車場なら、ドローンの離着陸に使っても問題ないだろうし。


「わかりました。ここから飛ばせてみます」


 機材を部屋から持ってくると、クリスさんは真剣な顔で準備を始める。あんまり見入っていたものだから、気がつかれた。

 高い鼻が異国を感じさせる彼は、歯を見せて大げさに笑う。


「好きですか、ドローン」

「興味はあるんですけど、高くて買えないんですよね。飛ばせる場所も限られてるし」


「はい。ドローンはお金がかかりますね。練習も難しいです」

「ですよね」


 わりと真剣に、それで仕事を取れないかと考えた時期が合った。だが、ドローンを買うのにかかる費用、練習するために定期的に飛ばせる場所まで行くこと。その間に稼げなくなる金額など、いろいろ考えた末に諦めたのだ。

 結局世の中、金を稼ぐための初期投資が必要なケースが多い。


「でも、楽しいですよ」


 クリスさんが変わらぬ笑顔で言った。

 本当なんだろうな、と思う。


 ドローンのプロペラが回転する。ゆっくりと高度を上げていって、だんだん小さくなっていく。気がつけば村を見渡せる高度に達して、ゆっくりと前後左右に移動している。


 どんな映像が撮れるのだろう。


「これはオープニングです」

「なるほど」


 おそらく、今撮っているものにBGMやタイトルを入れて動画を始めるのだろう。

 そういうオシャレなものは、好んでよく見る。スローライフなんかが最たる例だ。きっと彼の動画も、俺好みなのだろう。後でチャンネルを聞いてみようか。


「クリスさんは、どうして日本に来たんですか?」

「ワイフ……妻が日本人なんです」


「ああ、そうだったんですね」


 てっきりあの大荷物は、海外旅行だからだと思っていた。だが今となっては、なるほどただの仕事道具だ。国内旅行でも、あれくらいになるのは納得がいく。


「初めて日本に来たとき、すぐハートを奪われました」

「一目惚れだったんですね」


 独特な言い回しだが、意味はちゃんと伝わってくる。知っている言葉で会話を成立させる技術も、外国語では必要なのだと感じた。

 俺もこれくらいのレベルで、英語を使えるようになりたいんだよな。


「六郎サンは、妻がいますか」

「いませんよ」


「妻がほしいと思いますか」


 ドローンを操作しながらだから、あまり頭を使っていないのだろう。クリスさんの問いは、適当な時間つぶしに感じる。

 適当だから、嘘を考える手間も省けて助かる。どうせ客と従業員の関係だ。ここで会話したことが、どこかに漏れることもない。


「一人は嫌なんですけどね。結婚は難しいです」

「どうして?」


「苦手なんですよね。……こう、スキンシップ? で伝わりますか」


 クリスさんが頷いた。俺は続ける。


「俺が触ったら、相手は嫌な思いをするんじゃないかとか。そう思うんです」


 関係の浅い相手に、俺はなにを相談しているのだろう。

 この悩みはわりと昔から抱えていたものだ。だから、気を抜いた今、こぼれてしまったのかもしれない。


 小牧と付き合っていた時も、俺のほうから手を繋ぐことはなかったし、基本全部引っ張られていた。

 怖かったのだ。なにかを間違えて嫌われるんじゃないかと思って、なにもできなくなる。


 口に出してすぐ後悔したが、数秒後にはそれも消えた。相手はスキンシップが普通の異国からやってきた男。なにかヒントを得られるかも知れない。


「嫌がる相手には触りません。嫌がらない相手にスキンシップすればいいんです」

「わかるんですか?」


「わかりますよ」


 自信満々にクリスさんが頷いて、役目を終えたドローンが降りてくる。


「大切な人に触ると、幸せになれます。私は好きです」

「なるほど……」


 なにがなるほどだ自分。とは思うが、咄嗟に出た反応がそれなのだから仕方がない。

 目から鱗が落ちる、とまではいかないが。思うところはあったのだ。


 嫌われたくないから触れないのではなく。

 距離を縮めたいから触れるのではなく。

 もっと根本的に、幸せを感じるために触れる。


 そういう考え方もあるのだなと思った。

 確かに、悠羽の頭を撫でて嫌がられる未来は、どうやっても想像できない。







 その後もクリスさんの取材に同伴して、夕方に帰宅する。

 ちょうど悠羽も帰ってきたところらしく、洗面所でばったり鉢合わせになった。


「帰ったところか」

「うん」


 見ればわかることを聞いて、なるべく自然に近づいていく。右手をすっとあげ、黒髪へと伸ばしていく。「お疲れ」と言って、ぽんと優しく頭を撫でて横を通り抜ける。


 そうするはずだったのだが、咄嗟に身構えた悠羽に、俺の動きも止まる。

 斜め前に手を伸ばした状態で固まる俺と、両手で頭を押さえるようにした悠羽。


 怪獣ごっこでもしてるみたいな体勢で二人、静寂な洗面所で停止する。


「な、なに……もしかして」

「い、いや……別に。なにもないぞ」


「そ、そうだよね。うん。なんにもないよね」

「ああ。なんにもない、なーんにもないぞ」


 俺は右手を、悠羽は両手をそのままにして、互いに距離を詰めないまま右回りに回転。洗面台の前に俺が立つ。


 誰か助けてくれ……。

 そう願ったら、廊下を駆ける大きな足音。


「だーん! 今日も一日お疲れさま!」


 この時ばかりは、加苅が女神に見えた。


 まあ、問題は余計にこじれたっぽいんだけどさ。

六郎のスキンシップチャレンジ、成功してほしいという方は下の☆評価で応援してください!

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― 新着の感想 ―
[一言] ドローンは、夢ではあるのだけれど、飛ばす機会があるより前に規制が厳しくなってしまったなあ。田舎なら飛ばせるのかなあ。 意識すればするほどドツボにはまる。まだしばらくは無理そうな感じかなあ。…
[良い点]  スキンシップチャレンジ  どうせなら頭撫でるに至るまで丸々一話二話使って重要イベント化してほしいですね。  今回の話はそういう事だと認識してますが。 [一言]  ドローンは免許制度がね…
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