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【書籍化】俺は義妹に嘘をつく  作者: 城野白
3章 嘘つきと蛇の物語
44/140

44話 日本語ガチ勢

「……パワーポイント作らされた、あれか」


 低く呻くように答えると、加苅はにかっと歯を見せる。なんで俺が嫌そうな反応してんのに嬉しそうなんだよ。


「そう。ロクくんに作ってもらった、あれのことです」

「あれってなんのこと?」


 肘のあたりをつついて、悠羽が聞いてくる。


「ほら、俺が徹夜して作業してたときの。あれの内容がな、今年加苅たちがやりたいこと、そのために準備してきたこと、ビジョンとかをまとめるのだったんだ。

 要するに、大人たちを説得するための資料だな」

「やっぱり交渉とかになると、ロクくんが一番上手いからね。ちゃんと報酬出すから、文句ないでしょ」


「頼むぞほんと。秋以降の食糧事情は、お前にかかってるんだから」

「任せなさいな」


 さすがに加苅から現金を受け取るのは生々しいので、代わりに米と野菜を送ってもらうことになっている。女蛇村では農業が盛んなので、売れなかったものをもらえればだいぶ家計が助かる。というわけだ。


 パワーポイントの正体に納得する悠羽。続きは俺から引き継いで、加苅が説明する。


「一昨年は学生たちで、この村の伝承について演劇をしたんだ。街の公民館で、その時は地元のお爺ちゃんお婆ちゃんしかいなかったけど、SNSにも流したら、地元のテレビ局が来てくれてね。

 去年はお祭りに人を集められるように宣伝して、境内で演劇をさせてもらったんだ。それ以外にも、屋台の手伝いをさせてもらったり、行灯を置くのも参加して。ちょっとずつ、主催側に食い込んでるってわけ」


 そこまでで一度切って、すうっと息を吸う。拳を強く握って、決意を示すように加苅は宣言した。


「そして今年は、あたしがリーダーになって屋台を一つ出します!」

「おおっ……」


 引きつけられるように前傾姿勢になる悠羽。


「そのために、二人の力を借りられたらいいなって! 夏の思い出にも、どうかな!」

「やりたいです!」


「よく言った!」


 加苅は力強く頷いて、未だに無反応の俺へ意識を向ける。


「ロクくんは?」

「俺は不参加で頼む。秋にちょっとした試験があるから、仕事終わったら勉強したい。それにどうせ、当日はゲストハウスが忙しくなるだろ」


 文化祭じみたことに心惹かれはするが、やるべきことを優先したい気持ちのほうが強い。

 軽い相談事くらいなら手を貸せるだろうから、それはその都度って感じで。ひとまず俺は不参加という形が理想だ。


「なら仕方ないね。悠羽っち、一緒に頑張ろう」

「はい」


 人員が一人増えたことに、嬉しそうな加苅。

 悠羽もこの夏にやることができて、表情に力が漲っている気がする。学校もなく、生活の不安もない最近の生活は、少し張り合いがなかったのかもしれない。充実ってのは、なかなかに難しいもんだ。


「んじゃ、俺は戻るぞ。二人ともおやすみ」

「おやすみっ!」

「おやすみ」


 左手をヒラヒラさせて、居間から出ていく。

 さて、俺は俺のことをするかね。







 翌日、いつもより朝から気合いを入れて業務に取りかかる。チェックアウトと掃除を一通り済ませて、昼からは来たる外国人に向けて心を整える。


 ただ待っているのも落ち着かないので、落ちそうなカレンダーを直したり、本棚を整理したり、細々した手入れをする。


 話に聞いていた客が来たのは、昼の三時を少し過ぎた頃だった。

 大きなキャリーバッグを転がして、遠目からでも日本人ではないとわかる。白い肌に金髪、がっしりした体躯で、俺に気がつくといきなり手を振ってくる。


 こ、これがアメリカンコミュニケーション……などと狼狽えつつも、荷物を受け取りに駆けつける。


 近づきながら、男はにこやかに口を動かす。イントネーションはやや不安定なものの、はっきり発音するから聞きやすかった。


「お世話になります。クリスと言います」

「……え、日本語すごい上手」


 お迎えの言葉も忘れて、完全に停止してしまう俺。

 クリスと名乗った男は、親指と人差し指を使って、ボディーランゲージと共に日本語を使いこなす。


「いえいえ。ちょっとだけです。いっぱい勉強してます」

「そうなんですか……。えっと、お荷物のほう、預からせて頂きますね」


「ありがとうございます」


 半ば呆然としながら、キャリーバッグを受け取る。ずっしりと重い。海外から来ているだけあって、荷物の量も桁違いみたいだ。


 中に招いて、チェックインの手続き。

 英語の出番はないかと思ったが、施設利用の説明文はさすがに厳しかったらしい。だが、簡単な英語を交えればクリスさんは理解してくれた。

 ううむ……この外国人、やけに日本に詳しいな。


 料金を手渡しで受け取って、気になったことを聞いてみる。


「クリスさんは、なにをしにここへ来たんですか?」

「日本のカントリー……イナカのビデオを撮りに来ました」


 やや不安そうに田舎という単語を使う。合っていると頷いて示して、会話を続ける。幸いなことに、向こうも話しかけられて嬉しそうだ。


「それはお仕事ですか? 趣味ですか?」

「仕事です。昔は趣味だったけど、今では仕事になりました」


「好きなことが仕事になったんですね」

「はい」


 共用リビングの椅子に座ってもらって、俺はキッチンのほうへ足を向ける。


「コーヒー好きですか? 紅茶もありますけど」

「コーヒーがいいです。苦いが好きです」


「わかりました。少々お待ちください」


 ポットからお湯を出して、インスタントの粉を溶かす。大したものではないが、ゲストハウスならこんなもんだろう。安いからこそ、旅らしい味も出るというものだ。

 コップを二つ持っていって、それぞれの場所に並べる。クリスさんはぺこっと頭を下げて、「ありがとうございます」と言ってくれる。


「それで、お仕事はなにをなさっているんですか?」

「動画クリエイターをしています」


「最近流行ってますよね。自分もよく見てます」

「はい。私は日本のカルチャーをもっと世界に広めたいと思っています。だから、ここに来ました」


 ニコッと歯を見せて笑うクリスさん。

 そういえば、彼は何歳くらいなんだっけ。顔つきが日本人とはまるで違うので、外見からは推測できない。肌にはシワがなく、表情も明るいからずいぶん若く見える。


 動画クリエイターを仕事にして、日本語もこんなに上手くて、さすがに同い年ってことはないよな……。と宿泊者名簿を確認。

 34歳という数字に、思わず目を見開いた。とてもそうは見えない。


 年齢を確認していた、ということは知られないように、話題を続ける。


「観光案内を希望されていましたよね」

「よろしくお願いします」


「はい。でも今日はお疲れだと思うので、明日からにしましょうか」

「わかりました」


 端的な返答をしっかり返してくれるから、そのへんの日本人より圧倒的に話しやすい。最高やクリスさん。できれば英語で話したいけど、そりゃ日本好きだったら日本語喋りたいですよね。


「ご飯を食べる場所、いくつか紹介しますね。好きなものはありますか?」

「居酒屋へ行ってみたいです。地元の人がたくさんいる、聞きました」


「それでしたら、歩いて五分ほどのところに一軒あります」


 地図を広げて、現在地と目的地にペンを当てる。道順は簡単だ。ここを出て左に進み、突き当たりを右に行けば見える。


「ありがとうございます」


 端的に言うクリスさんは、最後まで英語を使わなかった。







「どしたの六郎、どんよりして」

「いや、なんつうか、現実って思ったようにいかないなぁと」


 夜。いつものように、空いた時間に悠羽が話しかけてくる。

 お互いの仕事について話すのは、俺たちの日課になっている。女蛇村に来てから、明らかに雑談する時間は長くなった。他に暇を潰す方法がないからだろう。


「やなことあった? 話聞くよ」

「別に嫌なことじゃないけど……お客さんの外国人が、めっちゃ日本語喋れて驚いてる」


「めっちゃ喋れるんだ」

「おう。めっちゃ喋れる」


 さっきまで英語を勉強していた脳なので、日本語力が著しく低下している。今ならクリスさんに負ける自信ある。


「その人はなにしに来たの?」

「動画撮って日本の魅力を広めるんだとさ。あれは完全に趣味のつもりでやってる仕事だな」


 俺が他の業務に移った後も、クリスさんはリビングで日本の本を読んだりしていた。帰るときには、荷物を持ってきてドローンの整備もしていた。そしてそれらのどの瞬間も、彼の目は輝いていた。


 あんなふうに仕事ができたら、幸せなんだろうなと思う。

 ただ生きるためではなく、働くことで心まで満たすことができれば。


「じゃあ、美凉さんと相性いいかもね。その人」

「言われてみればそうだな。そうか。加苅を呼べばいろいろスムーズに行くのか」


「もしかして今の、ナイスアイデア?」

「ああ」


 褒めてほしそうに上目遣いを向けてくるので、大人しく頷いておく。ここで変な意地を張ると、後で面倒だ。悠羽には適度に従う。そうすれば大丈夫。


 それが、昔からの接し方だったのだが。

 今日はなぜか、肯定だけじゃ足りなかったらしい。まだじっと俺を見て動かない。


「どうした」

「まだ褒めれるよ」


「というと?」


 首を傾げると、少女はむっとしたように唇を尖らせた。蛍光灯の光が当たって、妙に色っぽい。

 だが、いや、キスとかじゃないよな……。うん。それは違う。


 やばい、まじでわからん。女心って難しい。


 しばらく眉間に手を当てていると、痺れを切らしように悠羽は言う。その頬は、涼しい夜にしては赤い。


「頭、撫でさせてあげる」

「あたまなでさせてあげる」


「言い直さなくていいから!」

「いや――ちょっと理解できなくてだな。え、お前マジで言ってる?」


「あーもうやだ! もういい! こんなの耐えられない!」


 ますます顔を赤くして、俺の部屋から出ていく。勢いよく襖が閉まって、どたどた音がして向こうの電気が消える。


 残された俺は一人、目蓋をパチパチさせるのみだ。


 頭、撫でていいんだ。


 上手くまわらない脳で、それだけが処理しきれた。

なぜ悠羽頭を撫でられたがったのか――

45話に続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小さな子なら、兄妹でも頭をなでてあげるぐらいあるだろうけれど。特に成人していたりすると、抵抗は仕方がないかなあ。 こういう所は、やっぱり義妹というのが強く出てしまっているのだろうなあ。
[良い点]  あたまなでなで [一言]  唐突にぶっ込んでくるスタイル。  どんな心境の変化か。  環境に中てられてただ単に素直になっただけかも。
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