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錬金術の欠点


 リラが錬金術師になるためにマーレに弟子入りして一月が経った。


 【月猫亭】を引き払ったマーレは、【月猫亭】から歩いてすぐの空き家に居を構えた。しばらくはローゼンを拠点に活動していくとの事だった。


リラは【月猫亭】の手伝いの合間を縫っては、マーレの元で指導を受ける。そんな忙しい生活を送っている。


──錬金術師は自らの感じた事の全てを糧にすべし


とマーレは毎日の様に言ってくる。課題を出してくる事はあるが、マーレは自分から何かを教えるという事はしなかった。あくまで自分で考えろ、そういう事なのだろう。一見不親切にも思えるが、リラに不満はなかった。むしろ一人の錬金術師として対等に接してくれる事に喜びすら感じていた。

 

 そしてこの日。


 いつもの様にマーレの元を訪れたリラが、前日に課された課題を提出すると、マーレは『頃合いかしら』と呟いた。


「リラ、よく頑張ったわね。これで錬金術師としての必要最低限の技術は身に付いたはずよ」

「本当ですか! やったぁ!」

「それにしても驚いたわ。まさかリラの物覚えがここまでいいなんて」 


 心外だ。マーレが本気で驚いているのが更に心外だ。


 リラとてやられっぱなしでいるわけには行かない。そのための手札は揃っている。


「私も、マーレさんがここまでダラしない人だとは思っていませんでした」


 ジト目で見つめると、マーレが目を逸らし、指で綺麗な銀の髪を弄り始める。

 

 マーレに師事する様になってから分かった事だが、マーレは錬金術以外に関してはダメダメだ。放っておいたら食事抜きで錬金術に没頭してしまうし、掃除も苦手としている。リラが錬金術を教えてもらうお礼に毎日掃除をしているはずだが、翌日には元通りになってしまう。


「そんな事より……ね?」


 都合の悪い事には答えないのもいつも通りだ。


「そろそろリラも錬金術師としての仕事を初めてもいいんじゃないかと思うのよ」

「って事はついに私も錬金術師を名乗ってもいいんですね⁉」

「まだ『見習い』って所だけどね」

「ですよねー……」


 がっくりと項垂れる。リラはまだ一人前の錬金術師と認められる条件として挙げられた錬金結晶を作る事ができない。錬金結晶を作るためには四種類の素材を調合できる様になる必要があるが、今のリラには二種類の素材を調合するのが精一杯だった。

 それでもついに錬金術師として活動できるのが嬉しい事に間違いはない。


「でも……錬金術師の仕事って何からやればいいんだろう?」

「困っている人の悩みを聞いて、それを解決できる物を作る。基本はこんな感じよ」

「なるほど……地味ですね」

「ええ、とっても地味よ」


 肩透かしを食らった気分だ。分かってはいたが、錬金術師はそれこそ何でもできるという訳じゃないらしい。


「あ、でも! 前にマーレさんが作ってた甘いポーションみたいな物を作れば、かなり儲かるんじゃ……」

「そうね、じゃあリラ。なんで私がそうしなかったか分かる?」


 マーレがリラに試す様な目を向ける。こうやってマーレが問いかけてくる時は大抵何か大切な事を伝えようとしてくれている時だ。


 全神経を集中させて考える……。


 答えは案外あっさりと分かった。


「一人で作れる量に限りがあるから……?」

「大正解!」


 マーレが「よくできました」と優しく微笑みリラの頭を撫でてくる。これもいつも通り。


 それでもすぐに顔つきが凛々しい物へと変わる。


「リラ、覚えておいてね。錬金術は何でもできるけど錬金術師は何でもできるわけじゃないわ。錬金術は属人的な技術なの。ポーションみたいに安定的に供給されないといけない物とは相性が悪いわ」

「確かに……いざって時にポーションが足りないと困っちゃいそう」

「お友達とか知り合いに頼まれて作るくらいならいいと思うわ。でも、何か一つの物を取り扱うのはなるべく避けた方がいいと思うの」


 いつもに増して真剣だ。


 マーレは時々何かを思い出す様にして話す事がある。ただ昔を懐かしんでいるという感じはしない。多分何かあったのだろう。ローゼンに来る前の事、王都にいた時の事について話すのを意図的に避けている事にリラは気付いていた。


「リラならその辺りの心配はいらないかな? でも一応伝えておきたくて」

「大丈夫です! って言いたいけど、ちゃんと気に留めておきます」

 

 リラの言葉を聞いたマーレは再び顔を綻ばせた。



予約投稿の日時間違えて、ストック分全部一気に投稿してしまいました……!

やってしまったああぁぁぁ!!


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