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「……あそこだ」
燃料漏れのまま逃走を続け、燃料ギリギリのインプレッサが最後に逃げ場として流れ着こうとしていた終着点は、小高い丘の上に立つ立派な教会だった。
「アレって、教会だよね」
「ああ」
「……逃げて逃げて、最後に教会って。まるで昨日の映画みたい」
「あんなラストシーンにはしない」
ハリーは死にかけのインプレッサに最期の雄叫びを叫ばせながら、確かな決意を込めつつ和葉に告げる。
「君も、そして俺も死なない。二人とも生き延びて、ハッピーエンドで終わらせよう」
「……そうね」
サイドシートに収まったまま、フッと儚い笑みをその横顔に浮かべながら、和葉も小さく頷いた。
「映画の終わりは、ハッピーエンドが一番だものね」
「その通りだ。――――掴まってろ!!」
和葉に叫んだ直後、ハリーは教会のすぐ傍まで辿り着いていたインプレッサを、サイドブレーキを引きながら横滑りさせ始める。
そうしながらパワーウィンドウを開き、右腰のホルスターからUSPコンパクト自動拳銃を抜いて、窓越しに構えた。九十度の角度でインプレッサが横滑りする中、此処まで追い縋ってきたクララとウォードッグ、二人の乗るアウディに狙いを定める。
「当たってくれよ……!」
祈るような言葉と共に、ハリーは五発を続けざまに撃ち放った。その殆どは外れてしまったが――――だが彼の祈りが通じたのか、最後の一発がアウディの左前輪に直撃。タイヤを一気にバーストさせれば、アウディは明後日の方向に鼻先を逸らしながら、その勢いを急速に失速させていく。
「やった!」
それを見ていた和葉が隣で喜びを叫ぶ。その間にもクララのアウディは丘の稜線、その向こうへと消えていった。最後に見えたのは、街路樹に鼻先からアウディを激突させる光景だった。
そのままの勢いで、インプレッサもまた教会のすぐ傍に停車。ロータリー状になった教会前に横滑りで横付けし、路肩を軽く左のタイヤで乗り越えながら斜めになりつつ停車した。
と、そのタイミングでエンジンがノッキングを起こし、やがてガス欠で息を引き取る。長い時間を共にしてきた猛獣のような相棒の最期としては、あまりにも呆気ない終わり方だった。
「和葉、今の内に!」
「う、うんっ!」
だが、感傷に浸っている暇などない。アウディを撃墜したことで時間こそ稼げたが、あの二人があの程度でくたばるような連中とは思えない。
助手席の和葉を先んじて脱出させ、ハリーも用心の為に助手席の方から車外に這い出していく。
「で、これからどうするの!?」
「こうするのさ……!」
インプレッサを盾にするようにしゃがみ込む和葉に不敵な笑顔で頷きながら、ハリーはそのまま後部座席のドアを開け。そしてそのまま座席の座面を唐突に捲ると――――現れたのは、自動ライフルや拳銃が満載された、隠しトランクだった。
「ホントに何でも隠してあるのね」
その武器満載の隠しトランクを一目見た和葉が、驚いたような困惑するような、そんな微妙な声音で言う。
「まるで、ジェームズ・ボンドの車みたい」
「奴の車よりは、断然仕掛けの数は少ないさ」
そう言いながら、ハリーはここまで温存していた車内に常駐させ隠していた武器類を手早く確保していく。
まずは、スイス製のSIG553自動ライフルだ。閉所で取り回しやすいよう銃身がやたらと短く、それでいてスイス製らしく精度の良いSG553の上には、エイムポイント社製のマイクロT-2ドット・サイトという照準器が付けられている。
加えて、他にはイタリア製のベネリM4自動ショットガンと、そして同じくイタリア製のベレッタ・モデル92FS自動拳銃も二挺確保した。SIGの予備弾倉はジーンズの尻ポケットとベルトの後ろ側に挟み、ベネリM4は背中に背負う。それ用の予備弾である12ゲージ径、ダブルオー・バックショット散弾の赤いショットシェルはロングコートの左ポケットへ雑に突っ込む。ベレッタ二挺はジーンズの前側へベルトの間に挟むワイルドなやり方で抱え、予備弾倉はそれぞれコート左右の内ポケットだ。
「よし……」
一通りの装備を手早く身に着け、SG553の銃把を右手で握り締めたハリーは、空いた左手で和葉の手を握り締めた。
「和葉、付いてこれるな?」
「……此処まで付いて来たんですもの、今更無理だなんて言わないわ」
横目で問いかけるハリーに、和葉も紅い瞳で横目に見ながら頷き、そして彼の無骨で大きな手をギュッと強く握り返してやった。白く華奢な長い指先の掌から確かな感触が伝わってくると、ハリーも不敵な笑みを湛えながら頷く。
「ヘッヘッヘッ、まだまだァ……!」
としている間にも、遂に丘の向こうからウォードッグが姿を現してしまう。自動ライフルを背中に背負い、アーウェン37グレネード・ランチャーをこちらに向けた奴の姿を見るなり、ハリーは「走れ、和葉ッ!!」と叫びながら、和葉の手を引いて一目散に逃げ始めた。
撃ち放たれる37mmグレネード弾を喰らったインプレッサが背後で派手に爆発し凄まじい火柱を上げる中、ハリーは和葉の手を引き教会の中へと飛び込んでいく。
中に飛び込み、扉を閉めると。そこに広がっていたのは、幻想的な空間だった。
白を基調とした神聖な空気漂う教会の中、ズラッと並ぶ木造の横長なベンチたち。そしてその中心を走る赤絨毯と、そして祭壇と十字架。色とりどりなステンドグラス越しに差し込む幻想的な明かりに照らされる聖母マリア像を見上げながら、しかしハリーは構うことなく赤絨毯の上を全速力で、和葉の手を引きながら突っ走る。教会の中に誰も居ないことだけが、不幸中の幸いだった。
「和葉、君は此処に隠れてろ」
「う、うん……!」
比較的安全そうな祭壇の後ろに和葉を隠し、そしてハリーが扉の方に振り返った直後だった。凄まじいパワーでの蹴りと共に教会の観音開きな扉が文字通り吹っ飛び、その向こうからウォードッグが姿を現したのは。
「よォ、ハリー・ムラサメ」
「待ってたぜ、犬っころ」
アーウェン37を投げ捨てるウォードッグと、SG553を両手で握り締めるハリー・ムラサメ。最後の最後に辿り着いた終着点たる神聖な雰囲気漂う教会の中、しかしこの場には不釣り合いなほどに凶暴な笑みを湛える二人の男たちが、遂にその顔を突き合わせ正対した。




