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全速力で走り逃走を図るハリーの黒いGDB-F型スバル・インプレッサWRX-STiと、それを追うウォードッグたちの銀色をした2013年式アウディ・S4。そして追ってくるアウディの運転手があのクララ・ムラサメであることを、ハリーはバック・ミラーの中で加速度的に距離を詰めてくる銀色のアウディの運転席を見て確信していた。
狭い横丁を馬鹿みたいな速度で駆け抜けて、そして左右確認もしないままにサイドブレーキを引きながら横滑り気味に片側二車線の大通りへとインプレッサ、そしてアウディの二台が躍り出る。慌てて避けようとした不運な一般車が分離帯に鼻先から突き刺さるのがサイド・ミラーから見えたが、気にしている余裕は無い。
一般車を右へ左へとヒラリヒラリと避けるインプレッサと、それにピタリと張り付いてくるアウディ。無駄の無いラインを描き的確な判断でインプレッサを突っ走らせるハリーの腕前も相当なモノだったが、しかし後ろのアウディも負けていないと助手席の和葉は感じていた。
(ハリーも信じられないぐらいの腕だけど……後ろのアウディ、何者?)
「クララだ」
和葉が思った瞬間、ハリーがまるで心を読んだみたいにそう答えたものだから、和葉は思わず「えっ?」と訊き返してしまう。
「あのアウディ、乗ってるのはクララだ……」
「……上手いの?」
「凄まじく」両手で握り締めるMOMO製のカスタム・ステアリングを右へ左へと忙しなく暴れさせながら、ハリーが冷ややかながら少しの焦りを織り交ぜた横顔で頷く。
「…………」
ハリーの言う通りだと、助手席でサイド・ミラー越しに後ろのアウディを見る和葉は思っていた。何せ後ろのアウディ、ハリーが仕掛けるフェイントにも、パワースライドを使いながらな突然の方向転換にも、その全てに的確に対応してきているのだ。
しかも、アレだけ離れていた距離が、今ではインプレッサの尻にアウディの鼻先がくっつきそうなぐらいの距離にまで縮まっている。フルチューンされたこのインプレッサとあのアウディ・S4とではかなりのスペック差があるはずだが、しかしそれをモノともしないほどの勢い、というワケだ。
その事実だけで、和葉はクララ・ムラサメのドライヴィング・テクニックを思い知っていた。百数十km/h近い気の狂ったような速度で昼下がりの街中を接触一つなく駆け抜ける、そんな凄まじい腕前のハリーにまるで劣らないクララのテクニック、和葉は敵ながら素直に驚嘆してしまう。
「……やべえ」
そんな、カーチェイスの最中だった。バック・ミラーをチラリと見たハリーが、ポツリとそう呟いたのは。
「えっ? ちょっと、それって――――」
和葉がその言葉の意図を訊く間も無く、背後で突然カンカンカンと甲高い音が立ち始めた。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
その音が銃声だと咄嗟に分かったからこそ、和葉は叫びながら頭を覆った。
「防弾ガラスに防弾装甲だ、心配は要らない!」
だが、確かにハリーの言う通り弾は貫通してこない。背後のアウディからはサンルーフより身を乗り出したウォードッグが韓国製のデーウー・K3軽機関銃をハリーのインプレッサ向かって撃ちまくっているが、そのことごとくが防弾仕様のボディとガラスに弾かれてしまっている。
「あ、ほんとだ……」
それを知ったからこそ、和葉は途端に落ち着きを取り戻しながらぽかんと拍子抜けした顔になった。
タイヤを鳴らし、横から襲い来る凄まじいGに耐えながら。信号が赤なのを承知で交差点を突き抜けて、片側三車線ながら急な角度のコーナーをハイグリップ・タイヤで路面に食らい付きながら、車線を構わずアウト・イン・アウトの綺麗なラインで跨ぎつつ140km/hを超える速度で強引に曲がり切る。
しかし、それでもアウディとウォードッグ、そしてクララは食らい付いてきていた。K3軽機関銃からの掃射も未だ続いている。
「流石だな、クララ……!」
未だに追い縋ってくる嘗ての師の腕前に素直な尊敬の念を抱きつつ、しかしハリーは内心で凄まじい焦燥に駆られていた。
(逃げ切れるのか……?)
悩むまでもない、逃げ切るしかないのだ。例え相手が、嘗ての師であるとしても。己の持てるテクニックの全てを駆使し、何としてでも彼女から逃げ切らなければならないのだ。
「流石だね、ハリー」
一方、ハリーの黒いインプレッサを追いかけるアウディのコクピット・シートにちょこんと収まりながら、クララ・ムラサメもまた前を往く己が弟子に対し、心からの称賛の言葉を口にしていた。
「やっぱり君は凄いよ、いつまで経っても僕の一番弟子だ。師匠として、本当に誇らしい」
クールな顔の上に薄い微笑みを浮かべながら、しかし右へ左へと凄まじい動きを見せるインプレッサの尻にクララは余裕の表情で対応する。格好こそ胸元や肩がごっそりと露出した、チョーカー付きの黒いワンピース・スタイルのゴスロリじみた軽装で。しかも顔立ちが少女のようにあどけない上に体格まで小さいから子供が運転しているようにしか見えないものの、しかしこの腕前を見れば誰もが口を閉ざすだろう。それ程までに、クララ・ムラサメのドライヴィング・テクニックは凄まじいの一言だった。
「でも、仕事である以上は手加減しないよ。ごめんね、ハリー。
――――ウォードッグ!」
「へいへい、姐さんに言われんでも、分かってるってェ…………」
振り向かないままにクララが叫べば、サンルーフから身体を出すウォードッグはソレに呼応して、丁度良いタイミングで弾の切れたK3軽機関銃を車内の足元へと投げ捨てた。
そして、後部座席から新たな機関銃を引っ張り出し、それをサンルーフの上に出して構える。アメリカ製のM60E6汎用機関銃。先程事務所を襲うのに使ったネゲヴNG7-SFと同じ大口径の7.62mm×51ライフル弾を使う、旧式ながら優れた機関銃だった。
「ハリー、君の車が防弾仕様なのは最初から読めていたことだ……。でも、流石に7.62mmには耐えられないよね?」
独り言のように呟きながらニッ、とクララが不敵な笑みをそのあどけない少女みたいな、しかしクールな顔の上に形作ってみせると。すると同時に、アウディの屋根の上でウォードッグによる大口径ライフル弾の機銃掃射が始まった。
しかし、それでもインプレッサの特別仕様な防弾装甲はカンカンカンと7.62mmの大口径ライフル弾を弾いてくれた。しかし流石に全てを耐えきることは出来ず、その内の何発かがトランクを突き抜けてしまう。一発はフロアを突き抜けて排気系のパイプを貫通し、そしてもう一発は斜めから後部座席の背もたれを突き抜け、そして室内の床に突き刺さる。
「えっ、ちょっ、きゃぁっ!? ちょ、突き抜けてる、突き抜けてるってハリー!」
一発が室内にまで到達したのに気付けば、助手席のRECARO製レーシング・シートに収まる和葉が全力で焦り始めた。当然だ、防弾仕様と言っていたのに、こうして貫通されてしまったのだから。
「大口径か、厄介だな……!」
――――読まれてたか。やるな、クララ……!
心の中で師たるクララを褒め称えつつ、しかしハリーは凄まじい焦りを胸に抱いていた。
防弾装甲さえ突き破られたことへの焦燥感に駆られるハリーのインプレッサと、そして不敵な表情でそれを追うクララのアウディ。凄まじい速度で街中を駆け抜ける二台が繰り広げる白昼のカーチェイスは、尚も続いていく。




