EP 7
仮認可勇者、初出動 ~シールドメリケンの感電パンチ~
翌朝。
ポポロ村に、一羽の、伝書ハトが、舞い降りた。
いや、正確には、伝書ハトでは、ない。
伝書トライバードだった。
三色の羽を持ち、肉と、羽と、糞が、全部、有用な、家畜化された、魔獣鳥。
その、トライバードが、村役場の窓辺に、ぱさり、と、降り立った。
足には、小さな、巻物が、結ばれている。
「玲さぁん、お手紙ですぅ」
「ありがとうございます」
玲は、巻物を、ほどいた。
差出人は──。
スアイ・ポポロ山スキー場。
玲は、ふむ、と、頷きながら、文面に、目を、走らせた。
玲さんへ
昨日は、ありがとうございました。
ところで、緊急の、ご相談が、あります。
昨夜、スキー場の周辺で、魔獣の集団が、目撃されました。
ゴブリン、約三十体。
加えて、オーガが、二体、確認されています。
業務提携の、緊急時協定の項目に、基づき、ポポロ村の、仮認可勇者の派遣を、要請いたします。
報酬は、別途、ご相談に応じます。
ご検討、よろしくお願いします。
スアイ
「……オーガ、二体」
玲は、書類を、机に置いて、頭の中で、整理した。
【行政】スキルが、起動する。
『魔獣分析
ゴブリン:個体能力、低。集団行動時、注意。三十体は、村レベルなら脅威
オーガ:個体能力、中~高。Bランク冒険者推奨。二体同時は、A~Sランク級
総合脅威度:B+
推奨対応:仮認可勇者の派遣、必要』
「玲さぁん、なんですかぁ?」
「魔獣の、集団です」
「えっ、ポポロ村、襲われるんですかぁ!?」
「いえ、ポポロ山スキー場の、近くです」
「あー、よかったですぅ」
「リリスさん」
「は、はい」
「他人事では、ありません」
「えっ?」
「業務提携の、項目に、緊急時の、相互応援が、入っています」
「あっ」
「ポポロ村の、仮認可勇者を、派遣する必要があります」
「勇者さんと、聖女さんを、ですかぁ」
「はい」
「で、でも、勇者さん、来てから、まだ、四日しか、経ってないですぅ」
「ちょうどいい、初仕事です」
玲は、ふっ、と、口角を、上げた。
市役所時代、玲は、新人に、最初の仕事を、与える時の、上司の気持ちを、何度か、見てきた。
最初の仕事は、難しすぎず、易しすぎず。
ゴブリン三十体と、オーガ二体。
今のユート・クレアコンビなら、ぎりぎり、対応できる、レベル。
最初の試練として、ちょうどいい。
「リリスさん、伝書トライバードで、ユート様と、クレア様に、招集を、かけてください」
「は、はい!」
「私は、報告書と、出撃命令書を、作成します」
玲は、ジャケットを、羽織り、ネクタイを、締め直した。
市役所時代の、覚悟の、仕草。
ユートと、クレアは、ポポロ村の、宿屋に、滞在していた。
仮認可勇者の、契約期間中は、ポポロ村が、宿泊費を、負担する規定だ。
招集を、受けた二人は、約一時間後に、村役場に、駆け込んできた。
「玲さん! 仕事ですか!?」
ユートは、鉄の鎧を、ガチャガチャと、鳴らしながら、入ってきた。
目が、輝いている。
「ええ、初仕事です」
「よし! 待ってました! 俺、剣を、振りたくて、うずうずしてたんだ!」
「ユート、声大きい」
クレアが、後ろから、ユートの背中を、軽く、叩いた。
彼女の手には、いつものように、家計簿と、そろばんが、握られていた。
「で、ご依頼は?」
「ポポロ山スキー場の、周辺で、魔獣の集団が、目撃されました」
「規模は?」
「ゴブリン三十体。オーガ二体」
「……ぐっ」
クレアの、家計簿を握る手が、ぴくり、と、止まった。
「それ、結構な、規模、ですよね」
「B+ランクの脅威です」
「B+……ユート、あんた、Bランク冒険者、よね」
「お、おう! 俺、Bランクだ!」
「ちょっと、危ない、わよ?」
「何言ってるんだ、クレア! 俺は、勇者だぞ!」
「勇者って言っても、ブレイブ評価★2、よ?」
「……ぐっ」
「まだ★2、で、Bランク冒険者、で、A~Sランク級の脅威に、突っ込むのは、リスクが、高い」
クレアは、そろばんを、ぱちぱちと、弾いた。
「報酬は、いくらですか」
「スアイ様から、別途、ご相談、ということです」
「じゃあ、こっちで、提示しましょう」
「ご希望は?」
「討伐成功時、金貨十枚。負傷者が出た場合、別途、医療費を、追加で」
「金貨十枚……それは、相場通り、ですね」
「でも、リスクが、高いから、もう少し、上乗せ、できますか」
「いえ、相場通りで、お願いします」
「……ぐっ」
「仮認可勇者は、市場価格を、守ることで、信頼を、構築する制度です」
「……一理、ありますね」
「それと」
「はい」
「討伐後、ブレイブ評価が、上昇する見込みです」
「……!」
クレアの、目の色が、変わった。
「ブレイブ評価、上昇分を、計算に、入れると」
「そうです。短期の金銭報酬より、長期の能力向上を、優先するべきです」
「……白石玲さん」
「はい」
「あなた、本当に、頭、いいですね」
「ありがとうございます」
「分かりました。引き受けます」
「よし、来た! 行くぞ、クレア!」
「ユート、その前に、装備、点検しなさい」
「だ、大丈夫だ、いつも通り、だ!」
「点検」
「……はい」
クレアは、ユートの装備を、ひとつひとつ、確認した。
剣の、刃こぼれ。
盾の、傷。
鎧の、緩み。
すべて、念入りに、チェックする。
市役所時代に、玲が見てきた、しっかりした主婦の姿に、よく似ていた。
「鎧、ベルトが、緩んでる」
「え、そうか?」
「こっち、来なさい」
クレアは、ユートの、鎧の、ベルトを、締め直した。
その手つきが、慣れていた。
玲は、その光景を、見ながら、思った。
(この二人、結局、夫婦同然だな)
しかし、本人たちは、まだ、ビジネスパートナーだと、言い張っているらしい。
市役所時代、玲は、こういう「お互いに、認めない夫婦」を、何組も、見てきた。
大体、結婚は、時間の問題、だった。
「よし、これで、いいわ」
「お、おう、ありがとう、クレア」
「で、玲さん。出発は?」
「今すぐ、ロックバイソンの、移動車を、手配します。ポポロ山スキー場まで、約二時間です」
「早いですね」
「緊急時、ですから」
「……分かりました」
クレアは、頷いた。
その時──。
「あの」
応接室の、ドアから、声が、した。
キャルルだった。
いつものように、ふんわりとした服装。
手には、人参柄のハンカチ。
頭の上の、うさ耳は、ぴょこんと、立っていた。
「ユート様、クレア様」
「は、はい!」
「ポポロ村の、認可勇者として、初めての、ご出動、ありがとうございます」
「お、おう、村長」
「どうか、ご無事で、お戻りください」
キャルルは、深々と、頭を、下げた。
その所作は、もう、王族の、それ、だった。
ユートは、思わず、姿勢を、正した。
クレアも、頭を、下げ返した。
「ありがとうございます、村長」
「それと、これを」
キャルルは、二人に、何かを、手渡した。
月光薬。
陽薬草に、月兎族の力を、注入した、秘伝の薬。
どんな傷も、病気も、治す。
「戦闘前に、お飲みください」
「えっ、これ、滅多に、見れないやつ、ですよね?」
「お二人は、ポポロ村の、認可勇者です。当然のことです」
「……ありがとうございます、村長」
クレアの、目が、わずかに、潤んだ。
彼女は、月光薬を、丁寧に、ポケットに、しまった。
ユートも、同じく、月光薬を、受け取って、ポケットに、しまった。
二人は、村役場を、出ていった。
その背中を、見送りながら、玲は、ふと、キャルルを、見た。
キャルルは、玲を、見つめ返した。
いつもの、温かい笑顔だった。
「玲さん」
「はい」
「わたくしも、一緒に、行ってもよろしいですか」
「……?」
「月光薬は、貴重です。万が一、お二人だけで、対応できない時には、わたくしが」
「キャルル村長」
「は、はい」
「村に、残っていてください」
「で、でも」
「村長が、村を、離れるわけには、いきません」
「……それは、そうですが」
「それに、これは、ユート様、クレア様の、試練です」
「試練、ですか」
「仮認可勇者として、ポポロ村の信頼を、勝ち取るかどうか」
「……ふむ」
「ここで、私たちが、手を出すと、彼らの、成長機会を、奪います」
キャルルは、しばらく、無言で、玲を、見つめた。
それから、頷いた。
「……分かりました」
「ありがとうございます」
「わたくしは、村で、待機しています」
「お願いします」
玲は、ジャケットの内ポケットから、一枚の、書類を、取り出した。
「これを、ユート様と、クレア様に、渡してください」
「……これは?」
「現場で、使う、書類です」
「書類、ですか? 戦闘に?」
「そうです」
「……?」
玲は、説明しなかった。
ただ、にっこりと、笑った。
「戦闘は、書類で、支援します」
ロックバイソンの移動車に、ユートと、クレアが、乗り込む。
彼らの隣に、玲も、座った。
「玲さん、来るんですか?」
「初出動の、現場監督、です」
「……あなた、戦闘力、ゼロでしたよね」
「そうです」
「……何しに、行くんですか」
「書類仕事、です」
クレアは、玲を、しばらく、見つめた。
それから、深く、息を、吐いた。
「……あなた、本当に、変わってますね」
「よく、言われます」
ロックバイソンの、移動車が、出発した。
ポポロ村から、ポポロ山スキー場までは、約二時間。
その間、玲は、ユートと、クレアに、戦闘前の、説明を、行った。
「ユート様、クレア様」
「は、はい」
「現場に到着しましたら、まず、私が、状況を、確認します」
「ふむふむ」
「敵の、位置、種類、数を、確認した上で、お二人に、戦闘命令を、出します」
「戦闘命令、ですか」
「はい。私は、仮認可勇者事業の、行政担当です。出動命令の、最終決定権は、私にあります」
「ぐっ、それは、勇者として、屈辱だ」
「ユート、黙ってなさい」
「……はい」
「戦闘中、いかなる場合も、私の、停戦命令には、従ってください」
「え、戦闘中に、止められたら、危ないですよ」
「そういう、判断を、するための、現場監督です」
「……分かりました」
「それと、これを」
玲は、二人に、それぞれ、書類を、渡した。
「……何ですか、これ」
「緊急時、戦闘行動許可証」
「……?」
「この書類を、敵に、向けて、提示すると、相手の戦意が、わずかに、削がれます」
「……えっ?」
「戦闘前に、お試しください」
「……書類で、戦意を、削ぐ?」
「そうです」
ユートと、クレアは、書類を、まじまじと、見た。
白い羊皮紙。
金色の縁取り。
そして、玲の、【公印】が、押されていた。
「……これ、本当に、効くんですか」
「お試しください」
「……怪しい」
「信じてください」
「……まあ、いいか」
ユートは、書類を、ジャケットの内ポケットに、しまった。
クレアも、同じように、しまった。
玲は、心の中で、頷いた。
(この書類、本当に、効きます)
市役所時代の、経験で言えば、書類というのは、それ自体が、力を、持っている。
特に、【公印】が押された、神聖契約書は、相手の、本能に、訴える力が、ある。
神でも、破れない契約。
その力は、魔獣にも、わずかに、影響を、与える。
詳しくは、現場で、見せれば、分かる。
ポポロ山スキー場の、入り口に、到着した。
スアイが、すでに、待っていた。
今日は、軍服姿だった。
アバロン魔皇国軍時代の、氷魔将軍の制服。
しかし、その下に、相変わらず、タローマン製の、安全靴を、履いている。
「お早いお越し、ありがとうございます、玲さん」
「お待たせしました、スアイ様」
「こちらが、ユート様、クレア様、ですね」
「は、はじめまして、勇者ユート・ディスパーダだ!」
「聖女、クレア・イリスパトラと、申します」
「スアイです。ポポロ山スキー場、経営者。元・氷魔将軍」
その自己紹介を、聞いて、ユートが、顔を、引きつらせた。
「元、氷魔将軍!?」
「ええ、退職届、出しましたわ」
「……アバロン魔皇国の、四魔将軍の一人、ですよね!?」
「過去形、ですわ」
「……あ、危なすぎる!」
「ユート、声大きい」
「でも、クレア、目の前にいるの、あの、伝説の氷魔将軍だぞ!」
「過去形、よ」
スアイは、ふふっ、と、笑った。
「ご安心ください、現在は、ただの、スキー場の女将ですわ」
「……女将、には、見えませんが」
玲は、軍服姿のスアイを、見ながら、心の中で、つぶやいた。
彼女が、軍服を、着ているのは、たぶん、今日が、戦闘の日だから。
退職届を、出した社畜とはいえ、軍人の本能は、まだ、残っているらしい。
「で、魔獣の、位置は?」
「スキー場の、東側、約一キロ。リフト工事中の、エリアに、密集しています」
「理由は?」
「工事中の、騒音と、振動を、嫌っていた、と思われます。今朝、警備隊が、目撃しました」
「警備隊、応戦は?」
「しませんでした。三十体は、警備隊の手に、余ります」
「……正解です」
「ありがとうございます」
「では、出動の前に、現場の、地形図を、お見せください」
スアイは、ジャケットから、地図を、取り出した。
玲は、その地図を、広げて、ユートと、クレアに、見せた。
「ユート様、クレア様。作戦を、立てます」
「おう」
「はい」
「敵の、位置は、ここです」
玲は、地図の、東側を、指さした。
「ゴブリン三十体は、密集しています。オーガ二体は、その背後で、待機」
「密集型、ね」
「クレア様、あなたの、シールドを、使いますか」
「ええ、もちろん」
「シールドトライ、いけますか」
「……は?」
クレアの、目が、丸くなった。
「……あなた、知っているんですか、私の、シールドトライ」
「先日、お会いした時に、【査定眼】で、確認させていただきました」
「……ぐっ」
「ユート様が、あなたを、おんぶして、敵陣に、突撃する戦法、ですよね」
「は、恥ずかしい! 言わないでください!」
「素晴らしい、戦法です」
「……えっ?」
「理論上、ゴブリン三十体程度の集団なら、一回の突撃で、ほぼ、無力化できます」
「……ま、まあ、そうですね」
「それを、提案します」
クレアは、しばらく、無言で、玲を、見つめた。
それから──。
ふっ、と、笑った。
「……あなた、面白いですね」
「ありがとうございます」
「ユート」
「な、なんだ」
「シールドトライ、するわよ」
「えっ、また、おんぶか!?」
「何、文句あるの」
「いや、ない、けど、もう少し、勇者っぽい戦法は、ないのか」
「勝てば、勇者っぽいわよ」
「……はい」
クレアは、立ち上がった。
彼女の周囲に、わずかに、光が、宿った。
シールドの、起動だった。
「準備、できたわよ」
「お、おう」
ユートは、しゃがんだ。
クレアは、ユートの背中に、ひょい、と、飛び乗った。
シールドが、二人の周囲に、半径三メートルで、展開された。
青白い、光の球。
その内側に、感電の、紫電が、走っている。
「……これは、すごい」
スアイが、目を、見開いた。
「シールドは、聖女の、ユニークスキルです」
「ええ、知っています。でも、こんな使い方を、するのは、初めて、見ました」
「ですよね」
玲は、頷いた。
市役所時代、玲は、優秀な人材が、その能力を、活かしきれていないのを、何度も、見てきた。
この二人は、活かし方を、知らなかっただけだ。
活かし方さえ、教えれば、化ける。
「では、行きます」
「は、はい!」
ユートは、シールドを、纏ったまま、走り始めた。
その速度が、徐々に、上がっていく。
彼の、ブレイブスキルが、起動した。
民衆評価★2では、能力値は、低い。
しかし、それでも、勇者の力は、健在だった。
ユートの、足が、地面を、蹴る。
二人の身体が、シールドと共に、東の方角へと、向かっていく。
玲は、その後ろ姿を、見送りながら、ぽつりと、つぶやいた。
「書類を、出してください」
ユートと、クレアが、敵陣に、突入した。
ゴブリンの群れが、シールドの光に、気付いた。
ガアアア、と、叫び声を、上げて、武器を、構える。
しかし──。
彼らが、構えた瞬間、ユートが、走りながら、ジャケットの内ポケットから、書類を、取り出した。
「ぐぬぬ、なんだ、これ、本当に、効くのか!?」
「信じなさい!」
ユートが、書類を、ゴブリンの群れに、見せた。
緊急時、戦闘行動許可証。
【公印】の、神聖な力が、書類から、放たれる。
ぱぁっ、と、書類が、光った。
その光が、ゴブリンの群れに、届いた、瞬間──。
ゴブリンたちが、ぴたり、と、止まった。
彼らの本能が、その書類の、神聖さを、察知したのだ。
ゴブリンの戦意が、約三十パーセント、削がれた。
その隙に──。
「シールドトライ、いくわよ!」
クレアが、叫んだ。
ユートが、加速した。
二人の身体が、シールドと共に、ゴブリンの群れに、突っ込んだ。
バチバチバチバチ!
シールドが、ゴブリンに、接触する。
一億ボルトの、電撃が、走った。
ゴブリンが、次々と、感電して、倒れていく。
十体、二十体、三十体。
ほとんどの、ゴブリンが、一撃で、無力化された。
その様子を、見ながら、スアイが、ぽつりと、つぶやいた。
「……すごい」
「シールド、というのは、防御力の塊です」
「ええ、知っています」
「防御力が、高い、ということは、それを、攻撃に、転用できれば、攻撃力に、なる、ということです」
「……発想の転換、ですわね」
「そうです」
「ところで、玲さん」
「はい」
「戦闘前の、書類は、何だったのですか?」
「ご質問、ありがとうございます」
玲は、ふっ、と、笑った。
「【公印】が、押された、神聖契約書を、敵に、見せると、敵の本能が、わずかに、萎縮します」
「……は?」
「神でも、破れない契約。その力は、魔獣の、本能にも、訴える力が、あります」
「……つまり」
「書類で、戦意を、削ぎました」
「……信じられない」
「事実です」
スアイは、玲を、まじまじと、見た。
それから、ふふっ、と、笑った。
「あなた、本当に、変わってますわね」
「よく、言われます」
その時──。
「待て、ゴブリンが、終わったぞ! 次、オーガだ!」
ユートの、声が、響いた。
ゴブリン三十体が、ほぼ、無力化された。
しかし、その背後で、オーガ二体が、ゆっくりと、こちらに、迫ってきていた。
体長、三メートル。
全身、筋肉の塊。
手には、巨大な、棍棒。
ガアアアアア、と、咆哮を、上げた。
その咆哮で、地面が、揺れた。
「ぐっ、結構、大きい!」
「ユート、慌てない」
「おう、クレア、シールド、まだ、いけるか!?」
「いけるわ。でも、二体に対しては、トライは、効かない」
「じゃあ、どうする?」
「シールドメリケン、いくわよ」
「……お、応援する!」
クレアが、ユートの背中から、降りた。
彼女が、両手を、構える。
その拳に、シールドが、ピンポイントで、集中した。
シールドメリケンサック。
拳の周囲に、青白い光と、紫電が、走る。
まるで、地球の、エネルギードリンクの、CMのような、視覚効果だった。
「……行くわよ、オーガ!」
クレアが、走り出した。
オーガ一体目が、棍棒を、振り下ろした。
しかし──。
ガキィン!
クレアの、シールドが、棍棒を、受け止めた。
その瞬間、棍棒に、電流が、走る。
オーガが、感電して、棍棒を、取り落とした。
「今よ、ユート!」
「おう! ライトニング・ブレイク!」
ユートが、剣に、闘気と、雷魔法を、纏わせた。
その剣が、青白く、輝く。
ユートが、突進した。
ザシュッ!
ユートの剣が、オーガ一体目を、斬り裂いた。
オーガは、地面に、倒れた。
動かなくなった。
二体目のオーガが、咆哮を、上げて、こちらに、突進してきた。
しかし──。
クレアが、その正面に、立ちはだかった。
拳を、構える。
シールドメリケンサック。
「防御力が、高い、ということは」
「そのまま、攻撃力に、変換できるのよ!」
クレアの、拳が、オーガの、顔面に、めり込んだ。
バチバチバチバチ!
一億ボルトが、走る。
オーガが、ふっ飛んだ。
地面に、叩きつけられて、動かなくなった。
戦闘、終了。
所要時間、約三分。
「……信じられない」
スアイが、つぶやいた。
「ゴブリン三十体、オーガ二体を、三分で、片付けた」
「仮認可勇者、優秀ですよね」
「……これ、なんとか、もう少し、活躍できる場面、ありませんか」
「スアイ様」
「はい」
「それは、後で、ご相談を」
「お願いしますわ」
玲は、にっこりと、笑った。
市役所時代、玲は、優秀な人材を、囲い込みたい上司を、何人も、見てきた。
スアイも、その、典型的なパターン、だった。
そして、その「囲い込み」を、ポポロ村側で、コントロールするのが、玲の仕事だった。
戦闘後。
ユートと、クレアが、戻ってきた。
ユートは、息を、切らしていた。
クレアは、相変わらず、涼しい顔だった。
「お疲れさまでした、お二人とも」
「お、おう、玲さん、結構、楽勝、だったぞ!」
「ユート、それ、聖女のシールドの、おかげだから」
「う、うるさい、クレア!」
二人の、いつもの、漫才を、見ながら、玲は、思った。
(この二人、本当に、いいコンビだ)
その時──。
「お疲れさん、兄ちゃん」
背後から、声が、した。
玲は、振り向いた。
ロードだった。
ルナ・イーツの、配達バッグを、背負っている。
手には、ホットドッグを、持っている。
いつの間に、来たのだろうか。
「ロードさん」
「いやー、兄ちゃん、面白かったわ! 書類で、ゴブリンの戦意、削ぐとか、誰が、思いつくねん」
「ありがとうございます」
「ところで、兄ちゃん」
「はい」
「ええもん、見せてもらったわ」
ロードは、玲を、じっと、見た。
爬虫類のような瞳孔が、わずかに、揺らいだ。
「やっぱ、兄ちゃん、ヤバいわ」
「……どういう意味ですか」
「戦闘力、ゼロやのに、戦場を、コントロールしとる」
「……」
「こんな転生者、ワテ、初めて見るわ」
ロードは、ふっ、と、笑った。
「兄ちゃん、本当に、ただの、市役所職員、やったんか?」
「ええ、本当です」
「……ふん」
「何か、ご質問が?」
「いや、ええわ」
ロードは、ホットドッグを、齧った。
「そのうち、分かるやろ」
「何が」
「兄ちゃんが、なぜ、こんなに、強いのか」
「強くは、ありません」
「いや、強いで」
ロードは、にやり、と、笑った。
「ところで、兄ちゃん、満月、来るで」
「……」
「あと、二日や」
「それが、どうかしましたか」
「村長さん、月兎族やろ?」
「そうですが」
「月兎族の、満月の本能、ナメたら、あかんで」
「……ご忠告、感謝します」
「特に、兄ちゃんは、ターゲットや」
「……ターゲット」
「村長さん、兄ちゃんを、完全にロックオンしとる」
「……」
「ま、楽しんできいや」
ロードは、ふふっ、と、笑った。
そして、配達バッグを、背負って、歩き出した。
「ロードさん」
玲が、呼び止めた。
「ん?」
「あなた、なぜ、ここに、いるんですか」
「配達や」
「配達?」
「スキー場に、ピザを、届けに来た」
「……ピザ」
「そういう仕事や」
ロードは、にやり、と、笑った。
その目が、わずかに、爬虫類のように、揺らいだ。
「ま、何かあったら、いつでも、呼んでや」
「……感謝します」
「ほな」
ロードは、配達バイクに、跨って、走り去った。
その後ろ姿を、見送りながら、玲は、ぽつりと、つぶやいた。
「あの男、やはり、ただの配達員では、ありませんね」
「え、玲さん、何か、言いましたかぁ?」
リリスが、玲の袖を、引いた。
「いえ、何も」
「でも、面白かったですねぇ、戦闘、すごかったですぅ」
「同感です」
「勇者さんと、聖女さん、強いんですねぇ」
「そうですね」
玲は、心の中で、別のことを、考えていた。
ロードの言葉。
「特に、兄ちゃんは、ターゲットや」
「村長さん、兄ちゃんを、完全にロックオンしとる」
市役所時代の勘が、ささやいた。
(あの男の言葉は、信じた方が、いい)
なぜなら、彼は、玲が、まだ知らない、何かを、知っているからだ。
そして──。
満月は、もう、すぐそこまで、来ていた。
ポポロ村に、戻る、ロックバイソンの移動車の中。
ユートと、クレアは、戦闘後の興奮で、まだ、ハイテンションだった。
「今日の、シールドメリケン、すごかったよな! クレア!」
「ふん、当たり前よ」
「シールドトライも、決まったよな!」
「まあね」
「俺たち、最高の、コンビだよな!」
「……ユート」
「な、なんだ」
「仮認可勇者制度、悪くないわね」
「……お、おう」
「今後も、続けるわよ」
「お、おう」
二人は、いつのまにか、頷き合っていた。
その光景を、見ながら、玲は、思った。
(仮認可勇者制度、初仕事、成功)
市役所時代、玲は、「制度に、組み込まれた人間は、時間と共に、必ず、変わる」と、思っていた。
その仮説が、今、実証されつつあった。
ユートと、クレアは、確実に、ポポロ村側に、引き寄せられていく。
しかし、玲の心の中には、もう一つ、引っかかりが、あった。
満月。
キャルル。
ロックオン。
その単語が、頭の中で、ぐるぐると、回っていた。
市役所時代、玲は、こういう「不穏な前兆」を、無視しないことを、学んでいた。
満月の夜には、何かが、起きる。
その確信が、玲の中で、強まっていた。
その夜。
ポポロ村の、宿舎で、玲は、ベッドに、横になっていた。
窓の外には、ほぼ満月の、月が、輝いていた。
あと、一日。
満月まで、あと、一日。
「……明日の夜、か」
玲は、ぽつりと、つぶやいた。
その時──。
窓の外で、何か、影が、動いた。
玲は、思わず、身体を、起こした。
窓辺に、何か、人影が、あった。
月明かりの中で、立つ、小柄な、人影。
頭の上の、うさ耳が、ぴょこんと、立っていた。
キャルルだった。
玲の、宿舎の、窓辺に、立っていた。
彼女は、玲が、起きたことに、気付くと──。
にっこりと、笑った。
その笑顔は、いつもの、温かい笑顔、だった。
しかし──。
月明かりの中で、彼女の瞳が、わずかに、紅く、染まっていた。
「玲さん」
「……キャルル村長**」
「寝てらっしゃいませんでしたか?」
「ええ」
「良かった」
「何か、ご用ですか」
「いえ、ただ、お顔を、拝見したくて」
「……」
「あと、一日、ですから」
「……」
「一日、待てば、お会いできますから」
「……何の話、ですか」
「満月の、夜、です」
玲は、息を、呑んだ。
「玲さん」
「は、はい」
「明日の夜、お楽しみに♡」
キャルルは、にっこりと、笑った。
月明かりが、彼女の、頬を、照らしていた。
その頬は──。
わずかに、紅潮していた。
彼女は、ふっ、と、姿を、消した。
窓辺には、もう、誰も、いなかった。
玲は、しばらく、その窓辺を、見つめていた。
それから──。
深く、息を、吐いた。
「……明日の夜」
「何が、起きるんだ」
市役所時代の、勘が、警告を、発していた。
明日の夜、ポポロ村で、何かが、起きる。
その確信が、彼の中で、強まっていた。
窓の外で、満月が、ゆっくりと、満ちていた。
第7話・了
【次回予告】
満月の夜。
その日は、いつもより、ポポロ村が、静かだった。
キャルルは、朝から、姿を、見せなかった。
不安が、村中に、漂っていた。
「村長は、いつも、満月の夜は、自宅で、過ごされる、んです」
ネギオが、玲に、説明する。
「しかし、今夜は、何かが、違う」
そして、その夜。
突然──。
ポポロ村に、強力な、盗賊団が、襲来する。
数、約五十名。
リーダーは、A級冒険者崩れの、元・傭兵。
「ポポロ村が、最近、儲かっているらしいな!」
絶望的な、戦力差。
ユートと、クレアは、まだ、ポポロ山スキー場から、戻っていない。
村は、丸裸、だった。
しかし──。
その時、ある建物の、窓が、ぱっ、と、開く。
満月の、光の中で、現れたのは──。
ダブルトンファーを、構えた、キャルル。
ただし、その瞳は──。
完全に、紅く、染まっていた。
「ふふ……ふふふっ……♡」
「わたくしの、村に、近づくな♡」
月兎族の、本能が、解放される。
そして、その夜、玲は、ようやく、知ることになる。
「満月の日だけ、少々、激しい」、という、依頼書の、本当の意味を。




