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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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最終話 それぞれの名前

最終話『それぞれの名前』




 プログラム終了から、三ヶ月が経った。


 


 十月の朝。東京圏第三区の廊下には、かつて戦場に響いた絶叫の代わりに、退屈で、しかし愛おしい喧騒が満ちていた。


 二年A組の教室。ばんは窓際の席で、高く、あまりに遠い青空を見つめていた。


「盤。……先生が来たわよ」


 隣の席からみおが声をかける。新しい担任が入り、「おはよう」という当たり前の儀式が交わされる。北野が拘置所に入り、運営機構が混乱に揺れようとも、学校という名のシステムは、彼らを強引に「普通の高校生」という枠組みへ引き戻していた。


 


 放課後。種田たねだは廊下で盤を待っていた。


 彼の手帳の最終ページには、昨夜書き足されたばかりの決意が刻まれていた。


『第十二回を止めるために、動き続ける』


「盤、僕……向いていないなりに、この名前を守り続けたいんだ」


「……ああ。一緒に動こう。王様一人の責任にするつもりはない」


 


 体育館では、澪がユニフォームに身を包んでいた。ボールをレシーブする腕の痛み。それは、支給品の内服薬で誤魔化していたあの頃の痛みとは違う、生きている証としての感触。


 別の街では、木村きむらが左腕の包帯を気にしながら、図書室で棋譜を開いていた。将棋は指せなくとも、彼の盤面は止まっていない。美琴みこととの間で交わされる短いメッセージ――『会える』という二文字の重みが、かつての死神の瞳を、静かに潤していた。


 


 摺鉢山の底を掘り抜いた宮本はリハビリの苦痛に耐え、橋本はその病室に、相変わらず手ぶらで毒づきに来る。古賀は自室のノートに、岡田や浅野の「笑い声」を文字にして刻み、科学部の三人は、次の不条理に備えてより強固な「反逆の種」を練り上げていた。


 


 大人たちもまた、それぞれの戦いを始めていた。


 名古屋のハヤシは祖父の写真に「やり切った」と報告し、病院の吉本は松田と共に、内部からの告発という名の「清掃」を開始する。そして防衛基地の誠一せいいちは、盤の連絡先が書かれたメモを捨てず、いつか来る「発信」の瞬間を、夜の海を見つめながら待っていた。


 


 夜。盤は自室で、折り目だらけの便箋を広げていた。


『二人で決めたことです。……後悔はないです』


 小川と山下の文字をなぞり、彼は思う。彼らが死を選んだあの夜、自分は何もできなかった。だが、その無力感こそが、今の自分を「名前を持つ人間」として繋ぎ止めている。


 


 携帯が震えた。澪からの星空の便り。


『盤。明日、学校でね』


 盤は窓を開け、冷たい秋の風を吸い込んだ。摺鉢山で嗅いだ死の匂いではなく、ただの夜の匂いだ。


 


 第十二回はまだ、この世界の闇に潜んでいる。


 憲章第十六条は、まだ頼りない一文に過ぎない。


 だが、盤が、種田が、木村が、そして一億二千万人が、彼らの「名前」を呼んだ。その波紋は、もう誰にも消せない。


 


 十七名は、それぞれの明日へと歩き出した。


 


 星の瞬く空の下。


 少年はもう、誰の駒でもない。


 ただの「天城盤」として、深く、安らかな眠りへと堕ちていった。

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