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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第5話 白旗は、的だ

からくりデス・ゲーム憲章

第2条(結果の絶対性)

ゲームの勝敗は、すべての法・契約・国家判断より優先される。

これにより確定するものは以下の通り、一切の例外を認めない。

財産、地位、国家主権、生命

(戦棋条項と完全統合)

第5話「白旗は、的だ」


 水源を確保したのは、陽光が瓦礫の山を白く焼き始めた頃だった。

 

 廃墟の北側。かつて「平和公園」と呼ばれていた場所の片隅に、時代に取り残されたような貯水タンクが鎮座していた。錆びた鉄の肌をばんが叩くと、鈍い震動と共に、地下で何かが跳ねる音が返ってきた。

 

 二人は無言で、乾ききった喉を潤した。金属の味が混じるぬるい水。だが、今の彼らにとっては、どんな高級なヴィンテージ・ワインよりも甘美な、生存の対価だった。

 

 だが、盤が水筒を満たそうとしたその時。

 彼の首輪が、警告を告げるように熱を帯びた。

 

【王将の現在位置を、全駒へ開示します――】

 

「……っ、エリア通知か。この水源、誘い込まれたか」

 

 盤が呟くのと、風に乗って「声」が届いたのは同時だった。

 

『――みんな、聞いてくれ! 武器を置くんだ!』

 

 拡声器を通した、ひび割れた声。盤は即座に反応し、みおの肩を掴んでコンクリートの物陰へと引き摺り込んだ。

 

「盤、あれ! 誰かがあそこに――」

『こんな殺し合い、誰が望んだ!? 運営に抵抗するんだ! 俺たちは駒じゃない、人間なんだ!』

 

 南東、約二百メートル。半壊したビルの屋上に、二つの人影。

 一人は、お人好しを絵に描いたようなラグビー部員の久保。もう一人は、クラスのまとめ役だった永瀬。彼らは「白旗」に見立てた白いシャツを棒に結びつけ、必死に和解を呼びかけていた。

 

「盤、あいつらよ! 助けに行かなきゃ、このままだと他の奴らに――」

「動くな、澪。……これは、『王』を釣るための撒き餌だ」

 

 盤の声は、氷点下まで冷え切っていた。

 

「見ろ、あの屋上の位置。四方からの射線が完璧に通っている。……来ているんだ。去年、三十七人の死体の上に立って卒業した、史上最悪の棋士――木村太一が」

 

『一緒に行こう! 信じてくれ、俺たちは――』

 

 その瞬間。

 音が、消えた。

 

 真空を切り裂くような高周波。遅れてやってくる、空気が破裂したような重低音。

 ドラグノフ狙撃銃。

 久保の持っていた拡声器が火花を散らし、彼の右腕ごと、物理法則を無視した衝撃で吹き飛んだ。

 

「――あ」

 

 澪が声を漏らす。

 だが、死神の「指し手」はまだ終わらない。間髪入れず、二発目。

 狙い済まされた弾丸は、崩れ落ちた久保を助けようと手を伸ばした永瀬の胸の中央を、正確に貫通した。

 

 屋上に、赤い霧が舞う。

 白かったはずのシャツが、鮮血を吸って無残な赤色へと染まり、ゆっくりと、力なく空中を舞い落ちていく。

 

 拡声器が不快なハウリングを撒き散らした後、世界に地獄のような静寂が訪れた。

 

「……久保。永瀬さん……」

 

 澪の指が、盤の腕を千切れんばかりに握り締めている。その指先は氷のように冷たく、激しく震えていた。彼女の瞳には、さっきまで確かにそこにいた「日常」が、一瞬で「肉片」に変わったことへの拒絶が張り付いている。

 

「……ドラグノフSVD。有効射程八百。だが今の二撃、偏差射撃すら完璧だった。奴は、俺をおびき寄せるために、あえて急所を外して『叫ばせよう』としている」

「楽しんでる……? あいつらが、あんなに必死に平和を叫んでたのに……!?」

「平和を叫べば、それだけ頭の位置が固定される。狙撃手にとっては、親切極まりない練習台ターゲットだ。……善意という名の、最悪の悪手だよ」

 

 盤の瞳から、急速に「人間」としての色が抜け落ちていく。

 彼は壁に背を預けたまま、網膜の中に木村太一の死の領域を真っ赤にマッピングした。

 

「澪、泣くな。今はまだ、その権利はない」

「……っ!」

「奴の指し手には、傲慢な癖がある。一発目で獲物を生かし、絶望の叫びを広めさせてから、救援に来た連中ごと一網打尽にする。……この『王』を引き摺り下ろすには、奴の視界の外側を通るしかない」

 

 盤は、奪った自動小銃のボルトを強く引き、金属音を響かせた。

 感情は、既に凍土の底へ沈めた。久保たちの死を「無駄な犬死に」で終わらせないためには、彼らから得られた唯一の戦術情報――「敵の位置」を、勝利への初手に繋げるしかない。

 

「……あんたのその頭、いつか壊れるわよ」

 

 澪の声が、闇の中で鋭く、切なく響く。

 彼女の首輪は、主である「王」の危機に反応し、暗殺者としての本能を煽るように不吉な紫色に光っている。

 

「壊れる前に、この盤を掃除する。……行くぞ、澪。奴の喉元に届く、最短の手順だ」

 

 盤は一歩、踏み出す。

 自分の位置がバレていることを承知で、あえて「王」を晒すことで狙撃手の意識を一点に固定する。その間に、暗殺者となった澪が影を縫う。

 

「……死なないでよ、盤。あんたを殺すのは、あの男じゃない。……あたしなんだから」

「ああ。その約束、今は心強いよ」

 

 二人は廃墟の深い影に紛れ、死神の視界を縫うようにして、静かに、しかし確実に移動を開始した。

 灰色の空の下、赤い白旗が、誰もいないアスファルトの上で、この世界の狂気をあざ笑うように揺れていた。

 

 盤の網膜に、新たな文字が浮かぶ。

 

【王将のスキル『盤面転換』が解放されました】

 

 反撃の準備は、整った。

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