第30話 日曜日の戦争
第30話「日曜日の戦争」
〇八〇〇。
廃棄都市の澱んだ空気に、無慈悲な電子の鳴動が、宣戦布告のように響き渡った。
『本日より、マリーンコープスによる制圧作戦を開始します。――投降か、継続か。選択の時間は、もうありません。これより、盤面の清掃を行います』
それは、この五日間を泥の中で足掻いてきた少年少女たちへの、最後通牒だった。
日曜日の朝。一億二千万人の「平和な怪物たち」が、画面越しに彼らの死を待ちわびている。繁華街のスクリーン前ではビールが掲げられ、茶の間では子供たちがホットドッグを頬張りながら「どっちが先に死ぬか」を賭けている。
その一方で。画面を消したアパートの一室で、一枚の参加通知書を握りしめ、震える手でリモコンを置いた一人の父親がいた。彼にとって、この「戦争」は娯楽ではない。ただ、自分の世界が崩壊する、耐え難い軋み音だった。
摺鉢山の塹壕。
「マリーンコープス……本当に、来やがった。……空気が、重油の臭いに変わったぜ」
橋本が鉄パイプを杖のように突き、地を這うような声で言った。
盤は、既に立っていた。隣には澪。昨夜の、あの繋いだ手の熱は、今や冷徹な戦士の「殺意」へと昇華されていた。
「種田。……全員の心臓が動いているか確認しろ。一人でも欠ければ、この盤面は崩れる」
「う、うん。……宮本くん、伊藤さん、……みんな、いる。大丈夫。みんな、生きてる。……まだ、名簿に横線は引かせない」
種田が、手帳を胸に強く抱きしめた。そこに刻まれた死者の名前が、今の彼らにとっては、どんな重火器よりも重い「生」の楔となっていた。
「盤。……どうする。投降して、あいつらに首を差し出すか?」
宮本の問いに、盤は塹壕の隙間から、廃墟の影を睨みつけた。
「投降はしない。正規軍は俺たちを『無個性な駒』として排除し、木村太一はその混乱を『撒き餌』にして俺たちの喉笛を狙う。……最悪の局面だ」
「詰んでる、って言いたいのか?」
「……いや。歩兵は、前方に敵がいる限り止まれない。そして、歩兵は成れば『金』になる。……あいつらが俺たちを無力な子供だと舐めている間に、この盤面そのものを不条理で焼き切ってやる」
沼田が、見張り台から音もなく降りてきた。
「……来た。西から、影が三つ。南から、五つ。……足音がない。……死神が、歩いてる」
全員が呼吸を止めた。砂利を踏む音一つしない。ただ、大気を切り裂くような冷徹な圧が、霧のように摺鉢山を包み込んでいく。西から、山猫。南から、鷲獅子。
盤は金山から受け取ったEMP装置のスイッチに、静かに指を添えた。
「金山。……装置を『心臓』だと思え。お前の、そして俺たちの意地が脈打つ、最後の鼓動だ」
「……はい。……いつでも、世界を暗闇に沈めてやります」
一億二千万人の視線が、廃墟の小さな丘へと収束する。
「いいね」のカウンターが、一秒ごとに数万という単位で跳ね上がっていく。
「行くぞ。……日曜日を、俺たちの血と、反逆の色に染め直してやる」
盤の瞳が、青白い冷気を放ちながら変質した。
マリーンコープスが、その「錆びた牙」を剥き出しにする。
ワイルドセブンが、その「冷酷な狙撃」を開始する。
三つ巴の地獄。誰にも望まれていない「歩兵」たちの反逆が、いま激しく幕を開けた。
その瞬間、上空を旋回するドローン群が一斉に不自然な旋回を始めた。
「――対局、開始だ」




