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『クラス対抗デスゲームで最弱の歩兵だった俺、実は盤上最強でした』  作者: 水前寺鯉太郎


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第28話 発進

国家戦将棋適性試験〈通称:プログラム〉

特典・報奨

弱い駒の者が上位駒の者を倒した場合 → 多額の報奨金支給

最終優勝者(生き残り最優秀者) → 国から一生涯の衣食住完全保証+国家戦将棋選手としての優先育成権

第28話「発進」


 〇四〇〇。

 岩国基地。瀬戸内海から吹きつける湿った風が、滑走路を舐めるように吹き抜け、金属質の冷気を運んでいた。漆黒の格納庫前、二つの「死」を司る集団が、無言のまま影のように整列していた。

 

 左、一〇名。山猫部隊――ワイルドキャット。

 右、一五名。傭兵集団――グリフィン。

 静寂の中で響くのは、ナイロンの擦れる音と、重厚なブーツがコンクリートを叩く断続的な響きだけだ。

 

「……錆びてはいまいな、お前たち」

 吉本の声が、冷えた朝の空気を鋭く叩いた。近接の橘、狙撃の村田。吉本が選び抜いた一〇名の瞳には、災害派遣というぬるま湯でふやけたはずのぎらつきが、二十年ぶりに甦っていた。「威圧し、制圧せよ。殺傷は最終手段だが、躊躇は自らの死を招く。……特に、天城盤あまぎ・ばんという駒を侮るな。あいつは、お前たちの『射線』をあらかじめ視ている」

 

 一方、グリフィンの前で誠一は、国籍も言語もバラバラな一五名の「狩人」たちを、一振りの冷徹な剣のように束ねていた。「……黒田。俺がもし、一瞬でも『父親』に戻るようなことがあれば、躊躇なく指揮権を奪え。……これは命令だ。私情は盤面を汚す泥に過ぎない」

 誠一の言葉に、副長の黒田は何も言わなかった。ただ、隊長の拳が白くなるほど強く握り締められているのを、暗闇の中の影として刻み込んだ。

 

 格納庫から引き出された二機の川崎製水陸両用飛行艇は、夜明けを拒む巨大な怪鳥のように、滑走路で低く、重厚なエンジン音を唸らせている。部隊がその胎内へと飲み込まれていく。機内には、重油の匂いと、戦士たちが吐き出す張り詰めた呼気が充満していた。

 

「天城。……息子が、泥の中で女の手を繋いでいたそうだな」

 離陸直前、吉本が誠一の耳元で囁いた。

「……見ましたか。余計な情報だ。……情報の解像度が落ちる」

「そうでもない。……あのお前の空っぽな瞳より、あいつの方がよほど強そうだ。……生きることに執着している者の目は、殺すのが難しいぞ」

 

 誠一は答えず、機内の暗い窓を見つめた。

 〇四三〇。二機の怪鳥が、滑走路を蹴って夜空へと舞い上がった。鏡のような瀬戸内海の水面が、遠ざかる機影を冷たく映し出している。

 

 機内では、南アフリカのウィルスが数珠を握り、陳がナイフの刃紋をじっと見つめていた。吉本は松田の楽観的な冗談を鼻で笑い、誠一はただ、自分の指先の「震えのなさ」に、言いようのない空虚を感じていた。

 

 〇五一七。

 廃棄都市の郊外、霧に包まれた河川敷に、二つの飛沫が上がった。

 着水。扉が開いた瞬間に流れ込んできたのは、火薬と、廃墟の腐敗と、そして――誰かが流した「昨日までの血」の匂いだった。

 

 吉本と誠一が、並んで岸辺に立った。眼前に広がるのは、三日間、子供たちが泥を啜りながら地獄を構築してきた廃墟のシルエット。

「〇八〇〇まで、あと二時間四十分か。……朝飯には十分な時間だな」

「……ええ。……これ以上ないほど、不味い朝食になりそうですが」

 

 二五名の影が、音もなく霧の中へと溶けていく。

 山猫が、そして鷲獅子が。錆びた剣を、自らの血で研ぎ直すための「五日目」が、いよいよ始まった。

 

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