第21話 討伐隊
国際からくり戦将棋法
第2条(決着方法)
紛争当事国は、国際連盟指定のからくり戦将棋により対戦する。
対戦形式は国際連盟が決定(通常は1対1の団体戦)
使用される駒は「からくりデス・ゲーム」規格の戦棋駒
試合は完全公開・全世界中継される
第21話「討伐隊」
一三〇〇。
午後の一番高く、暴力的な日差しが、廃墟の影を最も短く削り取る時刻。
木村太一は、自らの分身とも言えるドラグノフを静かに置き、一人の少女の瞳を見据えた。
「摺鉢山を、お前に預ける」
立石美琴は、感情を排した声で頷いた。
なぜ自分なのか。なぜ、あんな辺境に精鋭を送るのか。木村の意図を問うことは、もはや重力を疑うのと同じくらい無意味なことだった。
「戻ってこい。……お前を失うのは、俺の『詰み』だ」
木村が残したその短く、熱を帯びた言葉が、美琴の胸の奥で、抜き差しならない棘のように刺さった。彼女はライフルのスリングを強く引き、田中と野口を引き連れて、南区画の熱気から足を踏み出した。
摺鉢山の斜面は、乾燥した土の匂いが立ち昇り、肺の奥をチリチリと焼いた。美琴は一歩ごとに、地形の解像度を上げていく。
すり鉢状の天然の要塞。一晩で掘り起こされた、生臭い土の壁。及川の報告にあった「不条理な努力」が、いま彼女の眼前に、黒い裂け目となって横たわっていた。
(……いる。隠れているんじゃない。そこに、確かな意志が『在る』)
美琴は、右手の指先が銃のグリップを求めて微かに震えるのを、自らの意志で抑え込んだ。
二十メートル。弓の弦が弾ける音が聞こえてもおかしくない、生死の境界で彼女は足を止めた。
「……聞こえていると思う。私はB組、立石美琴。……鉄砲兵よ」
風が彼女の黒髪をなびかせ、背後に控える田中と野口の冷徹な殺気を、穴の底へと運んでいく。
「嘘を、つくな……!」
塹壕の向こうから届いたのは、地を這うような男の咆哮だった。宮本哲也。足に呪いを負いながら、この穴を統べる者。
「B組の死神が、三名で来て、戦いに来たんじゃないなんて……誰が信じる!」
「木村くんの指示は、お前たちの喉元に『釘を刺す』こと。……ここを機能不全に追い込み、挟撃のリスクを消去するのが私の任務。……でも」
美琴は、スコープを覗かずに、ただ土壁を見つめた。
「私は、これ以上……誰も殺したくない」
沈黙。
その言葉を最初に嗅ぎ取ったのは、塹壕に伏せていた関口奈々だった。
「美琴ちゃん。……美琴ちゃんなのね」
土壁の端から、薄汚れた関口の顔が覗いた。美琴の瞳に、一瞬だけ、朝露のような揺らぎが走る。
「……関口。それに、橋本もいるのね」
「ああ、いるぜ。……あいにく、あのお高く止まった王様の顔を拝む気にはなれなくてな。……おい、美琴。お前、そこの男たちに報告されるのはいいのかよ」
橋本が、美琴の背後に控える田中たちを顎で指す。田中は無言で首輪の端末に手をかけていた。
「……いいわ。これが私の『指し手』よ」
美琴は背後の田中に冷徹な一瞥をくれると、銃を背負い直し、自分を拒絶し続けていた塹壕へと歩み寄った。
伊藤さゆりの指が、弓の弦を限界まで引き絞るが、美琴は止まらない。
「……話し合いましょう、宮本くん。私は、木村くんの駒としてではなく、立石美琴としてここに座りたい」
美琴は、掘り返されたばかりの湿った土の縁に、静かに腰を下ろした。すぐ傍らには、宮本が握りしめていた折れたシャベルが転がっている。
その光景は、ドローンを介して数百万人の視聴者へと転送されていた。画面の下で流れる熱狂的な失望と好奇心。だが、摺鉢山の縁で向き合う少年少女にとって、この沈黙は、国家という巨大な盤面に対する命懸けの「反逆」だった。
「……釘を刺す代わりの、条件を聞こう」
宮本が塹壕の底から、鋭く、研ぎ澄まされた瞳で美琴を見上げた。
太陽がすべてを暴き立てる光の下。
鉄の掟で結ばれたはずの「討伐隊」の刃が、いま、予測不能な方向へと曲がり始めていた。




