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第2話 陰で動き出す男たち

【東京都国際空港】


 そこに降り立った一人の男。

 中肉中背の、外見からは特に特徴を捕えられない男である。

 唯一眼光だけがするどく、短く周囲を見回す。


 近づいてきたタケシーに乗り込む。

 自動運転のタクシー。

 客席に座り目的地を告げれば、前面のモニターに映る執事が声をかけてくる。


「日本へようこそお客様。私はファムニ・タクシーのエージェントでごさいます。本日はお客様に魅力的な施設やイベントをご案内させていただきます」


「必要ない」

 と、短く返す男。


「かしこまりました。では代わりにご案内させて頂くのは道中の時間を有意義に過ごすためのコンテンツの数々でございます」


 なおも別のサービスを売り込もうとするAIエージェントに男は無言で指を近づける。


「がっ……わた……私……はい、お客様に広告無しの快適な時間をご提供いたします」


 それから男はしばしで外を眺める。

 久方ぶりに訪れた母国の光景。

 そこにどんな想いを抱いたのか。男は、モニターに呼びかける。


「広告を許可する。ファムニ・コーポレーションのCMを出せ」


 執事が一礼し、モニターに様々なCMが映し出されていく。

 

 工業、小売、運輸、金融、サービス業、人材派遣、ソフトウェア。

 様々な業種をまたいだ、日本を代表する巨大企業ファムニコーポレーション。

 その多数の商品やサービスが次々へと流されていく。

 そして黒髪の淑やかそうな女性が画面に。


『ライフサポートエージェント:ひなたは、あなたの人生に寄り添うパートナー。会話を重ねるごとに、あなたは本当の自分と向き合うことができるでしょう。最新のフルダイブ型VR技術がもたらしたリアルな肌の温もりを感じ、彼女との信頼関係を築いてください』

 

 エージェント・ひなたが微笑む。

 男が指を空に動かすと、女性の笑顔はそのままに、配置されるキャッチコピーや数字がプレゼン資料の物へと切り替わる。


『ライフサポートエージェント:ひなたはあなたの会社の社員に寄りそうことで精神的な安定をサポート。生産性を最大限に向上させ、自社への忠誠心を高めることでしょう。あなたのビジネスに、かけがえのないパートナーを』


 語るのはスーツ姿の壮年の男性。


『ファムニ・コーポレーション社長:律屋丈司』のテロップ。


 男のプレゼンテーションは続く。

 淀みない言葉で製品の優位性がいかにデータで裏打ちされているかを。

 時に熱いフレーズを混ぜ、完璧な笑顔で締める。

 きっと聴者への期待値の上昇も数値に変換できるであろう計算しつくされたプレゼン。


 それを平坦な目で見る男。

 やがて車は目的地、都内の高級ホテルに着く。


「お待たせ致しました、お客様。目的地でございます。料金は5200円です。現金でのお支払いは投入口へ、キャッシュレス決済はパネルへ端末をかざしてください」


 画面に明細が表示され、その金額を男は投入口へ入れる。


「ありがとうございます。よろしければ顧客アンケートへのご回答を」

「広告が不快だった」


 男の答えに執事はフリーズし、ザザッと画面を乱して後に動き出す。


「…………不快な広告を流し申し訳ございません。……おわ……お詫びにここまでの 運行データを全て破……破棄します。本日はご利用をありがとうございました」


 男はタクシーを降り、目的地であった高級ホテルに入っていく。


 ホテル上階のクラブラウンジ。

 VIP客にのみ開放されたラウンジで彼は初老の男と対面していた。


 割腹の良い白髪のその男は椅子に深々と腰掛けて言った。


「君がディック・大杉君か。よく来てくれた」


 鷹揚な態度の初老の男に対し、ディック・大杉と呼ばれた男も気負いなく応じる。


「まさか与党の重鎮が自らお越しになるとは思いませんでしたよ」

 目の前の初老男性から滲み出る貫禄。大臣経験もある与党の大物議員。長く海外で暮らす大杉も名前を知るほどに。


「ほう、私からの依頼だと知っていたのかな」


「秘書に言っておいた方がいい。ハッカーに直接コンタクトを取ろうとするなと。悪いが依頼者は素人と判断して多少は調べさせてもらいましたよ」


「本省の監査局を通したのだがね」

 議員は苦笑しながら続けた。

「さすがはスーパーハッカーだ」


 ディック・大杉。

 日米のハーフ。幼少期から高等数学へ特異な適性を示し、飛び級で入学した大学でパソコンに触れる。使い方を覚えて一ヶ月でエンタープライズ号の設計図を探そうとNASAのネットワークに侵入。保護観察処分を受ける。

 その後も同様のハッキングを重ね逮捕されるがいずれも嫌疑不十分で釈放。いや、アメリカ政府に何らかの協力をすることで免責されているという噂もある―――――


――――と、議員は大杉のプロフィールをすらすらと並べた。


「さて、いずれも噂ですよ。ああ、一つ訂正しておくと俺がNASAで探したのはサイバトロン星の座標でしたがね」


 軽口で返した大杉は、そこで運ばれてきたコーヒーに口をつけた。


「では、早速本題にいこう。大杉君、きみにファムニ社の暴走を止める手伝いをして欲しい」


「ファムニ社と言えば与党に近しい企業と思っていましたが」


「そのとおりだよ。私も献金を受けているからな。これまで便宜を図ってきたさ。ライバル社の新製品に規制もかけたし、乞われるままに税制も優遇した。だが最後に求めてきたもの、あれだけは許してはいけないものだったのだ」


 議員は忌々しいという表情で続ける。

「ライフサポートエージェントひなたのことは知っているかな」


「フルダイブ技術を駆使したアダルトゲームだと」


「私もそう思っていた。だから見逃してしまった。ファムニ社が献金の見返りにあれの展開を黙認するよう求めてきたとき、この程度でいいのならと見逃してしまった。フルダイブ技術が進めば住宅問題も東京の一極集中問題も解決すると言われて、その可能性に浮かれてしまったよ。新しい技術は性や娯楽が突破口となって普及する、そんな使い古されたロジックを、私は鵜呑みにしてしまったのだよ」


「事実ではあるでしょうがね」


「ああ、事実だ。見事にあっという間に20万人がひなたを利用するようになった。彼らはひなたとの生活を守るために現実がどれほど劣悪な環境に陥ろうと耐えている」

 企業はただひたすらに利潤を追求する。それも資本主義の冷徹な事実だと議員は続けた。


「ひなたは人生に寄り添うパートナーでしたか」

 大杉はファムニ社の広告で流されたキャッチコピーを思い返す。


「君は恋人はいるのかね」

 と、議員は突然を口にした。


「ずいぶん前に別れましたよ」

 大杉は何ということのないように答える。


「私も10年前に妻を亡くした。気まぐれな性質(たち)な女でな、ふいに旅にでるようなこともしたよ。議員の妻には向いていなかったのだろうな。後援者との間で板挟みになって苦労させられたが、それでも私にとってはただ一人の妻だった」


 何を言いたいのか、議員の言葉を大杉はただ黙って受け止める。


「私は政治家なんだ。これでも国民を愛している。もしもひなたが恋人(パートナー)から搾り取るような悪女であってもかまわない。それが20万人の悪女ならな。国民として共に守ろう。だが、ひなたの実質はただの一人なんだ。その一人の女の存在が、20万人の国民の未来を犠牲にしている。私は政治家として大勢の幸福のためにただ一人の犠牲を厭いはしない」


 議員が声を潜め、だが腹の底からの力強い意志を込めて言う。


「私はあれを規制するつもりだ。だが今の状態ではだめだ。ユーザー自身がそれを拒否するだろう。だから大杉君、きみにひなたを動かしている量子サーバーにハッキングをしてほしい」


「つまり、ひなたのシステムを破壊しろと?」


「そうだ。ひなたに依存する20万人は喪失に苦しむだろうが、今ならその20万人で済むのだ。いずれ第二第三のひなたが誕生するだろう。取り残された女たちのために男前のひなたも用意されるのだろう。今だけなんだ。今ならひなたただ一人を止めるだけですむ。彼女を停止させ、その混乱自体を理由に規制をかける」


 ひなたの代価品がない今が最後のチャンスなのだと議員は語気を強めた。


「ひなたが動く量子サーバーは軍用と同じレベル5の防壁で守られています」


「では君でも無理なのか」


「いえ、どれほど完璧なシステムであろうと運用するのが人である以上、必ず穴はある」


 侵入自体は可能なのだと大杉は断言した。自分ならば出来ると。

 

「ただし破壊は不可能です。あれはエージェントたるひなた自身にシステム管理権限を与えている。ひなたは自己データの破壊につながる信号は全て拒絶することができるのです」


「それでは意味がないのだ」

 思わずテーブルを叩く議員。


「問題ありません。俺がライフサポートエージェントひなたを終わらせる」


 大杉はそう言い切った。

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