95
帝国の侍女が用意した着替えを大人しく一人で着たと思ったが間違いだった。
荷造りの確認のために来た王国の侍女に対して当たり散らしていた。
「いやよ、どうして帰りも同じドレスを着なければならないの!今すぐ帝国のドレスを用意してよ」
「ですが、お時間もございませんので急ぎお着替えをしていただきませんと間に合わないかと存じます」
「夕食だってまだなのよ。飢え死にしてしまうわ」
「夕食は簡易食を馬車の中で召し上がっていただくことになります」
「どういうことよ、それ!それが帝国のもてなし方なの?」
着替えたのは夕食の時間までにくつろぐためのものと考えていたようだった。
パレードの列の最後尾が早朝に帝国の門を通らなければいけないため今から動く必要がある。
一度着替えさせたのは化粧を整えるためでくつろぐためのものではない。
「いえ、帝国からすぐに出立するようにとの通達でございますので」
「何よ、それ!ルーシャ様の手はますます腫れ上がっているのよ。痛みだって凄いのに」
「わたしには分かりかねます」
「ルーシャ様は侍女は全ての疑問を解消しなければいけないと言っていたわ。それなのに分からないってどういうことよ。分かった。あなた新人ね?そうでしょ?そうなら仕方ないわよね。聞きに行って良いわよ」
新人ではないが侍女が全ての疑問に答えを用意しなければいけないというような決まりはない。
侍女という存在に対する知識はすべてルシャエント譲りであるから間違っていれば間違ったまま伝わる。
「ついでに帝国のドレスも用意してきてね」
「それは帝国のドレスを購入されるということでございますか?」
「買う?どうして?私たちは帝国に来て上げたのでしょう?そのお礼としてドレスをくれるものでしょ?」
「王様や王妃様でしたらお受け取りかもしれませんがベラ様はいただいておりませんので帝国のドレスをお召しになるには購入するしか」
購入するとなっても本来ならパレードの道すがらで求めたりするもので仕立てさせようとするものではない。
長期滞在で着替えが必要になり新しくすることもあるが、それでもお伺いを立てる必要はあった。
「購入、購入とうるさいわね。お金しか頭にないの?」
「いえ、そのようなことは」
「そのようなことあるでしょう。他にドレスはないの!?行きのドレスとは違うやつ」
王国から付いて来た侍女は謁見の間での出来事を知らないが何か王国が失礼なことをして帝国を怒らせたということは気づいていた。
その原因の一つにルシャエントとベラが関わっていることも。
それでも侍女の仕事を全うしようとしていたが何も理解していないベラの無邪気さに我慢の限界を迎えつつあった。
「ベラ様、もうすぐ出発でございます。こちらのドレスに袖を通してくださいませ。行きとは違うドレスを用意いたしましたので」
「どうして赤色のドレスなのよ。十年以上前じゃない。ルーシャ様に恥をかかせることになるわ」
「こちらは赤色ではなくボルドーでございます」
「それでもずいぶんと前の色よね。今年の色はライムグリーンなのよ。行きだってルーシャ様が探してくれてムーングレイの色を来たのよ。去年の色なのに」
用意したムーングレイのドレスはイヴェンヌが着ていたものだが勝手に部屋に入ってクローゼットから出したものだ。
イヴェンヌは自分が着ていたドレスだと気づいたが王国にあるドレスは袖を通したくないから黙っていた。
「ベラ様のお立場はルシャエント様の婚約者ではありますが嫁ぐまでは生家の立場が優先されます。本来でしたらイエローもしくはオレンジのドレスをお召しいただくところでございますがボルドーのドレスを用意させていただいています」
「それなら最低でもムーングレイでしょ。ルーシャ様は用意できたのに、どうして用意していないのよ」
「公式のパーティではありませんのでドレスはご自分で用意していただく仕来りにございます。今回のドレスはベラ様のご実家にてご用意いただいたものになります」




