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「ロカルーノ国王、これはどういうことであるか説明願おうか。それとも帝国を謀る気であったということで間違いはないかな?」
「いえ、けしてそのようなことはなく、息子は若く物の道理が分かっておらんだけのこと。若気の至りというものだ」
「つまりイヴェンヌを王妃とし、国母となることに相違ないな?」
「もちろん・・・」
「父上!イヴェンヌが国母にはなりません。何度も言っているのに何故聞き入れてくれないのですか!僕の婚約者は今も昔もベラだけです!イヴェンヌは僕の婚約者ではない!」
王は最後の望みをかけて否定しようとした。
それをルシャエントは全力で阻止した。
ルシャエント自身から何度も婚約者はベラだけだと言わせているのは言い逃れをさせないためだ。
何度も言えば気の迷いなどというふざけた誤魔化しはできない。
「そうですのね。お言葉しかと受け取りましたわ」
「分かってくださるのですね!」
「えぇもちろんですわ。そちらの令嬢が唯一無二の婚約者であるというご主張は耳に届きましたわ」
各国の法典を暗記できるという噂を持つマセフィーヌは鉄扇の向こうで笑みを浮かべた。
確かな言質を取ったのだから。
この一瞬を待っていた。
そのために物分かりの良い大人を演じたのだから道化になってもらわなければ困るというものだ。
「ロカルーノ国王、ご子息のお気持ちをきちんとお聞きになっていらしたのかしら?とても大切なことを何度も申されていたようですけれども」
「あ、いや」
「まぁ置いておきましょう。それよりもご子息は今も昔も婚約者はベラ嬢ただ一人と申されましたね」
言質を取ったあとは止めを刺すだけの事。
マセフィーヌは仕上げに向かった。
「それは息子が勝手に言ったこと」
「ならばご子息はイヴェンヌを婚約者として扱っていなかったということ。そちらの法典には婚約契約書には最重要項目があったはずですわね」
何も思いつかない王は眉根を顰めてマセフィーヌを胡乱げに見る。
ルシャエントも同様な表情だ。
だが付いて来ていた家臣の中に法典に明るい者がいたのだろう。
気付いた。
「ただし、王家ならびに伴侶となる王族は婚約者を婚約者として扱わなければならない。と」
「それは」
「わたくしは何か間違っているかしら?」
婚約契約書は身分が下の者でも王族と結婚が出来るようにした命令書だ。
これで身分による迫害を受けることを防ぐ意味もあった。
命令によって婚約者となっているから仕方ないということだ。
さらにドレスや装飾品の贈り物も嫉妬の対象になるが契約書による婚約者としての扱いが義務付けられているから仕方ない。
身分差による結婚のための免罪符として使用されてきた。
本来の使われ方が愛する者と結婚するための契約書のため誰も婚約者として扱いを義務付けなくても勝手にしていた。
それであるにもかかわらず使い方を間違えたのだ。
これは婚約者として縛り付けるためのものではなく、愛する者同士が身分の差によって結婚できないという悲劇をなくすためのものだ。
王家という文言がある以上はルシャエントがイヴェンヌを婚約者と思っていようが関係ない。
ルシャエントが王家である以上は義務が生じた。
「契約不履行は王家の方だったようですわね。義務を放棄している以上、契約は無効ですわ」




