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小国なのは国土の広さだけであってロカルーノ王国の王であってもマセフィーヌを小国の妃と蔑むことはできない。
それを平然とやってのけるあたりに無能さがあった。
「まずはご子息のお話をお聞きになられてはいかがかしら?皇帝との対話を遮ってまで話さなくてはならない重要なことがあるのでしょう」
「はい、そうなんです!」
父親では話が通じないと思ったルシャエントは我が意を得たりとばかりにマセフィーヌの言葉にいち早く同意した。
口を塞ぐよりも早かった。
「国を継ぐ者としての判断をそのように無碍になさらずとも、まずはそれをお聞きになってからでよろしいではありませんこと?」
「父上はいつも何も聞かずに咎めるのです!」
「まぁそうですの」
マセフィーヌは物分かりの良い大人を演じているが内心は子どもの戯言と聞き流している。
「ご子息も何も考えずに発言されたのではないと言っていることですし、お聞きになってからの叱責でも遅くはありませんこと?」
「いや、今回のこととは関係のないこと」
「関係のないことを本題の話を遮ってまでも話そうとされたのですもの。きっと重要なことですわ。ねぇジョゼフィッチお兄様」
「・・・・・・・・・・・・えっ」
何とかして黙らせようとしていた小国の妃が皇帝を兄と呼んだことに王は驚きを示した
今まで小国の妃だと蔑んで相手にもして来なかった妃が皇帝の妹だということを初めて知った顔だった。
いくら国交が無いからと言っても最低限の知識というものは必要だ。
それが欠落していたということが露呈した。
帰ろうと考えていた貴族は面白い成り行きに帰ることを止めた。
「とても重要なことであるとお見受けしますわ。どうぞ、お話になって」
「今、父上がイヴェンヌを国母にと言いましたが、それは出来ません」
「それはどういう理由でかしら?詳しくお聞かせくださいな」
「イヴェンヌを国母にはしません。それは僕の愛するベラを国母にするからです」
「傍にいる令嬢が国母となるのですね」
庶民の娘であるベラを急ごしらえの婚約者にはしたが国母にするとは王も王妃も認めていない。
少なくとも愛妾になるくらいは黙認できるが子どもとなると話は別だ。
ただでさえ王の次の世代の子どもの中でルシャエントは継承権が低い。
公爵家令嬢であるイヴェンヌを王妃として継承権の順位を上げて次期国王としての地位を確実なものにする。
そのあとにイヴェンヌとの間に子どもを作り、子の後見人であることを理由に王としての地位を確実なものにする。
この二段階の戦略が王と王妃の考える全てだった。
王となったあとに外に子どもが何人できようともイヴェンヌとの間に子どもがいれば良かった。
「それはお父上でいらっしゃるロカルーノ国王が帝国に誓ってくださったことは嘘だということですね」
「はい!誓いというものは正直でなければならないものです!だから居ても立っても居られないと思い話を遮ったのです!」
「とても重要なことをお話いただいたわ」
マセフィーヌの誘導で絶対に言ってはならないことを言ってしまった。
これだけで十分な開戦理由になるが、戦争をするのは二番目の目的だ。
マセフィーヌはここで追及を止めるつもりはない。
修復不可能なまでにきっちりと潰すつもりだ。
ルシャエントはマセフィーヌを味方だと思い込んでいる。
聞き方次第ではどんなことでも正直に答えてくれるだろう。
「何を言い出すのだ。お前は黙っておけ」
「父上が嘘を吐くからいけないのではありませんか!誓うなどと軽々しく口にするなど神への宣誓を侮辱しています!」
誓うという行為は人間同士でも神への宣誓と同義だ。
偽りを述べる行為は神への背徳行為と等しい。




