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「いつまでも応接室に居ては兄上に怪しまれますわね」
「帰国と訪問の挨拶は済ませなくてはなりませんね」
密談をしていた形跡をマーロはあっという間に消してしまう。
この有能さを重宝しているドラノラーマは手放せなかった。
「あとでイヴェンヌを紹介しますわ。姉上たちの事情よりも当事者が揃っていますもの」
「婚約破棄の件ね」
「婚約破棄未遂ですわ。王命にて再度婚約者であると宣言されましたもの」
「未遂でも何でも一緒のことよ。婚約破棄を宣言された以上は令嬢が結婚には不適合だと判断されたものと同然だわ」
国王を案内するには失礼に当たるが帝国の風潮は知っているため何も言わずについて行く。
むしろ妻が楽し気に妹との会話をしている姿を微笑ましく見守っていた。
マセフィーヌが望むならどんなことでも許してしまうほどに溺愛しているのがレオハルクだった。
「国王夫妻と第一王子と庶民の娘が揃って来ますわ。あとは家臣たちも」
「家臣たちなら知っているかもしれませんわね」
「それはどうでしょうか。あの家臣たちは国内でのことは目を光らせていましたが国外のことは放任していた節がございます」
その光らせていた目は節穴でルシャエントに愛人を作らせて最後まで気づかない程度には緩かった。
「よくそれで家臣が務まりますこと。呆れて物も言えませんわ」
「こちらが特に指摘せずとも取り返しのつかないことはしてくれそうですけれども」
非公式の訪問に近いため謁見の間ではなく執務室に案内する。
他国の者を入れることは無いが今回だけの例外と言える。
さらに言えば隠し立てしたところでマセフィーヌには帝国の内情が手に取るように分かるだろう。
たとえ他国に嫁いだとしてもだ。
「兄上、お連れしましたわ」
「案内をするだけで時間がかかったのだな?」
「姉上と積もる話があり思いのほか時間がかかりましたわ」
「・・・そうか」
その積もる話を聞いたところで答えが返って来ないと判断したジョゼフィッチは同意するだけに留めた。
「急遽の訪問を受け入れていただき感謝する」
「貴国は我が妹の嫁ぎ先であるから何か困ったことがあれば手を貸すのは当然のこと。何なりと申されよ」
ここでも陰となりマーロは給仕に徹した。
気配なく行動するためいつカップにお茶のおかわりが注がれたか不明だった。
ヴェールをしたままのレオハルクに苦言を漏らすことなく話は進む。
昔、ヴェールを外せと命令をしたことがあったがマセフィーヌから反撃されて黙認している。
「お兄様のお手を貸していただくのはロカルーノ国一行がお見えになってからですわ」
「そうなのか?」
「到着し謁見の間に同席させていただければ全てが完了します」
「それくらいなら何も俺の力でなくとも」
「お兄様が許可したという事実が重要なのです。あとは全て黙認してくださるだけで良いのです」
何も知らないまま許可を出すのは賭けでしかないがジョゼフィッチに頷くという以外の選択肢はない。
マセフィーヌの手腕はジョゼフィッチよりも遥かに上だ。
「分かった。何をするのか知らんが好きにしろ」
「ありがとうございます。それと帝国にも利はございますので安心なさいませ。獅子戦鬼の舞台は用意していますのよ」
「そうか!」
「剣の手入れはお任せしましたわ」
「そうか!よし、マーロ。剣を持て」
黙ってマーロは付き従う。
ドラノラーマの望みを叶えるにあたりジョゼフィッチの手綱を握ることが重要だった。
どこまでもマーロはドラノラーマのためにしか動かない。
「お兄様ったら嬉しさのあまり執務室を無人にしてしまうとは」
「あれは姉上が悪いと思いますわよ」
「そうね。それは反省しているわ」
「イヴェンヌに会われます?」
「そうね。早い方が良いかしら」




