74
マセフィーヌは廊下でドラノラーマを呼び止めた。
「久しぶりですね。ドラノラーマ」
「お久しぶりですわ。マセフィーヌ姉上」
マセフィーヌがたまたま廊下で会ったということはない。
おそらくはドラノラーマが廊下にいる時間を見計らったのだろう。
「少し話は良いかしら?」
「問題ありませんわ。込み入ったことになりそうですわね。応接室にでも参りましょうか」
「そうですわね。お茶はけっこうよ」
応接室に向かうまでの時間を無駄にはしない。
合理的とも言える。
「手紙でのこと、問題ないかしら?」
「何とか兄上から言質を取り任せていただきましたわ」
「手間をかけましたね」
「すぐにでも戦争をしたい兄上を抑えるのは大変でしたわ。そうまでして止めた理由をお聞かせいただきたいのですけど」
応接室に入ると本腰を入れて話を始める。
マセフィーヌの隣には付き従うようにレオハルク王がいる。
「そうですわね。ドラノラーマになら話しても大丈夫でしょう」
「不躾に尋ねて申し訳ありません」
「かまいません。無理を手紙で申し付けたのはわたくしです」
ドレスのリボンの間からレースの付いた扇を取り出した。
普通はお付きが持ち運び必要なときに手渡すが出来ないときはリボンに挟むことがある。
「これから話す内容は他言無用に願います。ジョゼフィッチお兄様にもです」
「そんなにも深刻なことでしたのね」
「事と次第によっては戦争だけではすみません」
ゆっくりとマセフィーヌは話し出した。
それは一国の王妃の判断だけで話すには重すぎる内容だった。
だから国王も同席することになった。
「今から四十年ほど前のことです」
「四十年?」
「四十年ですわ。そして今日まで続き終わることのない苦しみですわ」
マセフィーヌは他人事だと分かっていても憎悪しか湧かなかった。
話が進みレオハルクはヴェールを外した。
そこには言葉にすることができないものが隠されていた。
「わたくしも最初にお聞きしたときには我が目を疑いましたわ」
「このお話は、今は胸に秘めておきます。不思議だったのです」
「ドラノラーマ?」
「姉上がわざわざ手紙で兄上のことを止めるようにと指示をしたり、国の一大事のことでありながら、何故か姉上が話されたり。これで納得いたしました」
あのときは泣き寝入りをするしかなかったウィシャマルク王国であったがマセフィーヌが嫁いでからは国土の広さは負けているが、国力はロカルーノ王国を遥かに凌ぐものに成長している。
マセフィーヌの女帝としての能力が開花したことを示すものだった。
「協力をしてもらいたいのだけど、手を貸してもらえるかしら?」
「わたくしの手でよろしいのであれば全力でお貸ししますわ」
「ドラノラーマ殿、私からも礼を言う」
「わたくしにとってマセフィーヌは姉ですわ。ならばレオハルク様は義理の兄です。兄弟のために力を尽くすのは当然ですわ」
応接室には今まで黙っているが飲み物を用意していたマーロがいた。
陰になり気配を消しドラノラーマのためにだけ動く。
お茶は不要だと言われても物音ひとつ立てずに用意し話を遮らないのなら邪魔ではない。
どれだけカンディアルニア帝国にとって有益な情報であってもドラノラーマが黙るというのなら皇帝に黙るくらい朝飯前にやってのける。
「ドラノラーマ様」
「何かしら?マーロ」
「お耳に入れたいことがございます。一週間後にかの王国ではパレードを始めるとのことで帝国に国境検閲の免除申請がございました」
「そう。ちょうど国王夫妻がいらっしゃるようですものね」
一週間もあれば色々と準備はできるだろう。
そして皇帝に秘密にして暗躍できるギリギリの期間でもある。
この話を聞くまではパレードで意気揚々と来たロカルーノ国一行に対してイヴェンヌの婚約破棄騒動の落とし前を付けさせるつもりだったが、それだけではないと変更する必要があった。




