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「イヴェンヌが王城に住んでいたと言ったな」
「えぇ、正確には軟禁ですが」
「軟禁だとすると、公爵家当主から確認が入るだろう」
「そうですわね。事実、確認は何度もありましたのよ。でも王は面会を拒絶し、会っても他の貴族が同席するところだけだったのです」
「会えば、娘を返せと言われるからだな?」
「それに他の貴族の前で娘を返せとは言えません。そんなことをすれば王家への反逆と見做されます」
「黙っているしかないということか」
「さらに王は周りにイヴェンヌは公爵家から毎日、王城に通っていると吹聴していましたもの」
王城と公爵家の間を空の王家の紋章付きの馬車が朝と夜、行き来していた。
周りには通っていると見せかけるために。
万が一、王城内で姿を見ても王妃教育が長引いて泊まることになったと思われる。
「ずいぶんと根回しが良いな。誰かの入れ知恵か?」
「いいえ、王本人の指示ですわ。こと、第一王子とイヴェンヌの婚約に関しては周りが舌を巻くほどの知恵を見せるのです」
「それを普段の執務に活かせれば良いのだがな」
「それは家臣たちが常々思ってきたことですわ」
「それで、ドラノラーマは何もしなかったのか?」
「あらお兄様からそのような言葉をお聞きするのは意外でしたわ。わたくしが何もしていないと思っておいでなのかしら?」
「いくら間者を送っていても後宮内のことは分からないからな」
「幼い頃のイヴェンヌを保護し、時折、両親の元へ返しながら騙し騙し時を過ごしましたのよ。でもイヴェンヌの初社交界が近づくと警護が厳しくなり外に出せなくなりましたけど」
「逃げられたら水の泡だからな」
お茶受けにとお菓子が用意される。
王国のお菓子と違い、餡子が多用されている。
優雅なお茶会に見えるが、話す内容は優雅ではなかった。
「イヴェンヌを政略の駒としか扱わない。それは別に構いませんわ。わたくしも利権のために嫁いだ身ですもの。でも幼い子どもが受けるべき親の愛情まで奪うのは王家と雖も許されることではないですわね」
「そうだな。権力を持つが故に自重というものが必要だ」
「その点で言えば、イヴェンヌは敏い子でしたわ。その扱いも自分の立場も理解しておりましたわ」
「それで?」
「心配でしたからイヴェンヌに聞きましたの。この扱いのまま王妃になるのかどうかということを」
「何と答えた?」
「『ルシャエント様の判断に任せますわ』ただそれだけ答えたのです。一体何を言っているのかと不思議でしたが、ドレスやアクセサリが贈られていないのは知っていましたが、それが他の女に貢いでいるとは思っても見なかったのです。それをイヴェンヌはすでに知っており、いつか婚約破棄を言い渡されることを予感していたのでしょう」
「それがこの間の醜態か」
王家は婚約者のためにドレスを仕立てていた。
アクセサリも品の良いものを用意していた。
どれもこれもイヴェンヌが選んでいた。
ドレスもアクセサリも出来上がると一度ルシャエントの元に運ばれる。
男性から女性に贈るためだ。
そして、そのままベラに渡されていた。
おかしいと思ったイヴェンヌは確かめるためにルシャエントに罠を仕掛けた。
ドレスが王城に納品される日に他国の文化を学ぶためのお茶会を開いた。
貴族はもちろんのこと王城に出入りする商会の子息も参加できるようにした。
王城に出入りするのなら身元も確かであることと教養を持っていることから選ばれた。
そして、ルシャエントに一言、懇意にしている商会の方に声をかけてみてはどうか?と。
そう伝えただけだ。
いつもお忍びで町に行っていたが、今回は王城内に呼ぶことが出来るのだ。
簡単にルシャエントはベラを誘い、そして、中庭でドレスとアクセサリを贈り、一度もお茶会に顔を見せなかった。
お茶会は、第一王子がいないとなり予定より早く終わった。
イヴェンヌは顔を出さなかったルシャエントを探し、中庭で見つける。
そこに愛を囁くルシャエントを見つけ、何も言わずに立ち去った。
第一王子という立場から婚約者がいても別に愛人を囲っていても黙認されてしまう。
ただし、黙認はあくまでも黙認だ。
公にできることではない。
だから隠すことが出来ない失態を犯すまで待つことにしたのだ。
ドレスを一着も贈ることのない王家の婚約者に対して、婚約発表パーティですら贈らないだろうと予測して。




