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何も問題がないまま馬車は、ウィシャマルク王国の学院の門に着いた。
ベラは意気揚々と招待状を出すと、門番は怪訝な顔をした。
「名を」
「ベラよ」
「そっちは?」
「何も知らんのか?ルシャエント・モルドスキューだ」
「ロカルーノ王国の王子が何だって、ここに?」
「ベラの付き添いだ」
それでも納得していないのは、ベラが持っていた招待状が男爵家令嬢の名前になっているからだ。
何も連絡を受けていない以上は通すことができなかった。
「この招待状の名前と違うようだが?」
「譲ってもらったのよ」
「譲る?招待状を?」
何か事情があって留学を遅らせるならともかく、譲るということはまず考えられない。
だが、二人は堂々としているし、留学するのは自分たちだと言って憚らない。
埒が明かないと門番は仕方なく通すことにした。
ベラには銀の腕章を、ルシャエントには銅の腕章を差し出す。
「それは学院での身分証代わりだ。無くしても再発行はできないから無くすなよ」
「分かったわ」
留学生のいる教室に通された。
そこで再会した。
「なぜ、お前がいる!?」
「国外追放になったんじゃないの?」
イヴェンヌが優雅に教科書を読んでいた。
顔を合わせないようにする配慮が裏目にでてしまった。
「国外追放?わたくしは帝国に亡命しただけですわ。そして今は帝国令嬢として留学していますの」
「はぁ?」
「お前は何を言っている?俺の婚約者になれなくなったということで頭でもおかしくなったか?」
「待って、ルーシャ様。帝国では会ったことないわ」
「自分で言えないから帝国に泣きついたのか?浅ましいな。それでは虎の威を借る狸ではないか」
「狸・・・まぁ狸でも狐でもお好きなようにどうぞ?わたくし亡命して婚約者ができましたので、ほっといてくださいませ」
イヴェンヌの言い方に怒りを覚えたルシャエントは持っていた腕章を投げつけた。
扇子で当たらないようにしたイヴェンヌは静かに溜め息を吐いた。
「ここでは腕章が身分証ですわよ」
「それがどうした?」
「付き人が貴族令嬢に暴力を振るうのは如何かと思いますわ」
「何を言っている?俺はルシャエント・モルドスキューだ。ロカルーノ王国の第一王子だ」
「つまりは身分を偽って入国したということですね?」
「偽る?どういうことだ」
床に落ちた腕章を拾いイヴェンヌは幼子に言い聞かせるように言葉を続けた。
「本当は王族なのに身分のない庶民だと偽って入国したということです。それは国家同士の決め事に違反していますわよ。同様に身分のない方が男爵家令嬢だと言って入国するのも・・・ほら後ろをご覧になって、警備隊が来られていますわ」
「ちょっと、放しなさい」
「俺を誰だと思っている!?」
二人はそのまま連れて行かれた。
何がしたかったのか分からないが問題児がいなくなったことだけは分かる。
「皆さん、何かあったのですか?」
授業開始の鐘が鳴り教師が入って来た。
何があったかは分かっているが、授業を進めることが重要だ。
「では昨日の続きからです。教科書の第四章から始めます。ではイヴェンヌ、読みなさい」
「はい、先生」
一人、また一人と教科書を開き、授業は恙無く進んで行く。
嵐は去った。




