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机を叩く大きな音に令嬢たちは一斉に口を噤んだ。
「違うったら違うの!私は遊女なんかじゃない!」
「そうなの?噂では遊女だと言っていたのに」
「わたくしはお父様から、遊女が王国の次期王の側にいたと聞きましたのよ」
「とても近しい方のようだから婚約者だろうって聞きましたわ」
「ですから、てっきり遊女が次期王の婚約者になられたのだとばかり思いましたの」
「ごめんなさいね」
謝られたり噂で聞いたからと説明をされてベラは、それ以上は何も言えなくなった。
ただベラが遊女だという噂は帝国に広まっており、消すことはできない。
「では、どこでお知り合いになりましたの?」
「どこって、普通に町でよ」
「町で会ったなどと嘘を吐かなくてもよろしいですわ」
「次期王ともあろう方が町を歩いているなんて、ありえませんもの」
「それで本当はどこで会ったのです?王城の庭?社交界?それともお父様についていって納品したときかしら?」
すでに否定する気力も無くなったベラは黙ってしまった。
それでも話は進んでいき、収拾がつかないところまで膨らんだ。
令嬢たちの噂話に飽きてしまったベラは聞くとはなしに聞こえた他の令嬢たちの会話に食いついた。
「まぁ!ウィシャマルク王国のマナー留学の試験に受かったのですね」
「すごいですわ」
「わたくしも何度か受けているのですけど、あともう少しですのよ」
「あの試験はとても難しいから」
身分は関係なく受けることができるが、どうしても他国の言語も必要となるため貴族以上になってしまう。
マナー教育の第一人者であるマセフィーヌが定期的に開いている留学で、試験に受かれば本格的に学ぶことができる。
留学から帰れば、引く手あまたの優良物件になれるのだから皆、必死だ。
「ねぇ」
「はい、何でしょう?」
「それ、招待状でしょ?私にちょうだい。私は次期王妃なんだから私が行く方が向こうもよろこぶでしょ?」
「何を、おっしゃって?」
「大丈夫。私が替わりに行ってあげる。だから安心してね?」
試験に受かったと喜んでいた男爵家令嬢から招待状を奪うとベラは自分の鞄に仕舞った。
止める間もない早業に誰もが驚いて何も言えなかった。
権力を使って根回しをすることはあっても目の前で奪うということは令嬢たちには無縁だった。
「かっ返してください」
「何よ。私にくれたんでしょ?」
「あっあげてません」
そんな押し問答が続いているところにお昼の時間になり、ルシャエントがベラのいる教室にやって来た。
騒ぎを聞いてルシャエントは溜め息を吐いた。
「何をそんなに固執している?たかが招待状だろう。それとも帝国の貴族は、分け与えるということもできないほど狭量なのか?」
「なっ!」
ルシャエントという味方を得て、ベラは大きな顔をした。
何を言っても分かってもらえないと、試験に受かった令嬢は泣き寝入りした。
このことは報告されたが、ベラが招待状を文字通り肌身離さず持っているため無理やり奪うこともできない。
他人のものを勝手に盗ったということで、やんわりと王国に帰るようにと忠告しても聞く耳を持たない。
招待状に書いてある迎えの日まで重い空気のまま授業は進んだ。
自分がしたことに何も疑問を持っていないベラはウィシャマルク王国でのことに思いを馳せた。
来てすぐに遊女扱いされた帝国に対してベラは何も執着していなかった。
「新しい学校は楽しみね」
「そうだな」
招待状を奪って押しかけるのに歓迎されると信じて疑っていなかった。
迎えに来た学校関係者は聞いていた容姿と違う令嬢が待っていることに疑問を持ったが時間もないためルシャエントとベラを連れて出発した。




