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どれだけ無礼であってもルシャエントはロカルーノ王国の王族であり、次期王だ。
皇帝であるジョゼフィッチと次期皇帝のヒュードリックと他、家臣たちが迎える人として選ばれた。
堅苦しい挨拶に興味のないベラはヒュードリックを見て頬を染め、話が終わるのを今か今かと待っていた。
その視線の意味に気づいたヒュードリックは、イヴェンヌがいないことを心から感謝した。
「あっ、あの、素敵な方ですね。私、ベラと言います。一緒に庭園でも歩いてもらえませんか?」
ベラの発言に誰もが言葉を失い、貴族令嬢としての挨拶すら身についていないということに唖然とした。
だが、普段からアーマイトの言動で慣れている者たちは表情には何も出さずにベラの次の言葉を待った。
「私、帝国に一度で良いから来てみたかったんです。それにこんな格好いい方に会えるなんて素敵な日です」
「そうか」
「あっ、お声も格好いいです」
帝国としてはベラが初めて来たのではないことを知っているし、次期王のルシャエントの未来永劫別れることのできない妻だと言うことも子どもを産んだことも知っている。
今回、子どもがどうなったかは知らないが、コルセットで可能な限り細くしている腰を見れば産んだことだけは分かった。
「あの、私」
「すまないが、人妻とは愛を育めない」
「えっ?私、結婚していませんよ」
一年前に帝国でしたことをすっかり忘れたように話すベラに恐怖を覚えた。
あのときはルシャエントと将来を誓えたことに喜んでいたのにも関わらず。
「できたらお名前を教えてください。貴方のように素敵な方とならどんな試練も耐えてみせます」
ルシャエントがどうして庶民であるベラに恋したのか。
その一端を垣間見た気がした。
かつて自分が言われた言葉が帝国の次期皇帝に向かって頬を染めて言っているベラの姿にルシャエントは衝撃を受けたようだ。
「ベラ!?」
「あら、なぁに?」
「何を言っているんだ!?」
「えっ?だって貴族は求愛するのが礼儀なんでしょ?」
どこか間違った思い込みと王妃の恋愛観のせいで、修正不可能な方向に進んでいた。
確かに夜会では相手を褒めることを礼儀とはしているが、それが全ての場合に当てはまるわけではない。
ルシャエントはこのままではベラが取られると勘違いをして、ベラの腕を掴んで謁見の間を挨拶もなく出た。
強く腕を掴まれたベラは抵抗したが、ここでルシャエントの機嫌を損ねるのは問題だとして大人しく従った。
「嵐のような娘だな」
「それは嵐に失礼なのでは?」
問題しか出てこなさそうな二人が早く王国に戻ることを願ったが、そう簡単にはいかない。
他国であっても、自分たちは王族であるから優先されるべきだという考えを崩さないことで引き起こされた。
ルシャエントは王族だが、ベラの身分は元は庶民だ。
軋轢が生まれないことの方が不思議だと言い聞かせることにした。




