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イヴェンヌがウィシャマルク王国に入った頃に、ルシャエントとベラもガンディアルニア帝国に入った。
王族が留学しに来たのだから帝国を挙げて歓待されると思っていたが、道中では気づいた人が手を振るだけなので、すっかり臍を曲げてしまい、窓を閉めた。
ベラは王国よりも賑わっている帝国に興味津々で窓を開けてはルシャエントに閉められるという攻防を繰り広げる。
一度、パレードで訪れているが緊張と周りの監視のため良く見ていない。
「ルーシャ様」
「どうした?」
「今度こそ帝国のドレスが欲しいわ。確かキモノというのよね」
「そうだったかな?」
他国の文化や情勢に興味が元々なく傀儡の王であることを望まれたため庶民より知識を持っていない。
己は優秀であると思い込んでいるから帝国では早々に結果を出して王国に戻るつもりでいた。
「あと、王妃様から帝国の化粧水を頼まれてるのよ。あとで買いに行きたいわ」
「遊びに来たんじゃないぞ。まずは勉学に励んでから」
「そんなのあとで良いじゃない。ルーシャ様は優秀だと家庭教師の方が褒めていらしたのでしょう」
褒めて伸ばすという教育方針ではあったが、それが実を結んだとはお世辞にも言い難い。
ちょうど昼時にかかっており、人々はルシャエントたちの乗る馬車が王国の物だと気づかずに道を空けるだけだ。
どこかの貴族が城に向かっているというくらいにしか認識していなかった。
「帝国の教育も底が知れるというものだな」
事前に到着をする日程を伝えていれば沿道には人が並んで形ばかりだとしても歓待してくれただろう。
何も言わずに突如、帝国入りをしたのだから仕方ないと思うべきだった。
門番は王国の紋章の馬車を見て驚き、急いで連絡のために走る。
待たされることになるとは思っていないルシャエントは苛々を募らせていた。
「おい!ロカルーノ王国次期王が来たのだから門を開けろ。何をもたもたしている」
「ただいま確認をしておりますので、しばしお待ちください」
「何を確認することがある?僕が次期王だと言っているのだから通せ」
町の人が昼時ということはルシャエントたちも昼時だ。
空腹も相まってルシャエントの機嫌は最低になっていた。
ベラは時間になっても仕事で食べられないこともあるから、そこまで機嫌が悪くない。
「・・・どうぞお通りください」
「いつまで待たせるつもりだ。無能な門番がいるようでは帝国とは浅はかな国だな」
「・・・・・・」
勝手な考えで昼食に招かれると思っていたルシャエントは案内先が謁見の間であることを不思議がった。
ベラは廊下に飾ってある絵画に目を惹かれ、たびたび足が止まった。
そのあたりは商会の娘であるようだった。
「・・・よく来たな」
「招待状があるから来てやったのだ。王族を迎え入れることができたことに感謝してもらおう」
「・・・・・・約束のときよりも早くに我が国へ来られたこと、その心意気は帝国として受け止めよう。簡単ではあるが昼食を用意した。しばし寛がれよ」
子ども相手に目くじらを立てるほど狭量ではないつもりだったが、ジョゼフィッチは我慢の限界を迎えつつあることを自覚していた。
ルシャエントの思惑とは裏腹に落伍者の称号を早々に与えて、ロカルーノ王国に返すことを決意した。
その決意は帰国させるというよりも要らない物を送り返すというものによく似ていた。




