136
宰相たちの努力により、スンガル山岳への侵攻は何度も行われたが、途中で物資が足りなくなり引き返すなど衝突しないように調整された。
ルシャエントはそのたびに怒るが、引くのもまた優れた将であると言われ、その気になった。
何度もしているうちにベラのお腹は大きくなり、一人で動くのも辛い状態になる。
そうなると過保護なルシャエントはベラを馬車に乗せて帝国に行くなどということは言わなくなり、帝国への留学は忘れたのかと安堵さえしていた。
まともに馬に乗ることもできないのにルシャエントは産まれてくる子どものためという分からない理由をつけて騎乗した。
足場の悪いところで乗ったのが問題だった。
そのまま安定性を失って、落ちる。
「くぅ」
「ルシャエント様!?」
尖った岩で右腕を大きく切り、大怪我となった。
すぐに医療班が駆けつけるが、できることは痛みを止めて縫うことしかできない。
幸いなのは、血を流し過ぎたため気を失い、静かだったことだ。
「すぐに王城へ」
「これは何とも言えませんな」
「お若いのに」
怪我を見れば分かる。
ルシャエントの傷は深く、一命は取り留めても右腕は使えない。
剣を握ることは叶わない。
訓練をすればペンを使うくらいには復活するだろうが、根気のないルシャエントが真面目に訓練するとは思えなかった。
ルシャエントの怪我はすぐに王と王妃にも伝えられ、剣が握れないということも報告される。
王妃は気を失い、王も顔を青褪めさせていた。
王となったものが前線で直接、剣を揮うことはないが、剣を握れない王が戦局にいても兵たちの重荷にしかならない。
「一体、何があった?」
「我々を指揮するために騎乗されましたが、誤って進まれたのちに均衡を崩されて落馬されました」
「そうか」
ルシャエントが一人で馬に乗れないのは、王も知っている。
おそらくは足場の悪さも要因の一つであるとは分かる。
きちんと馬に乗れるように訓練させておけば良かったと今更ながらに後悔をした。
「ルシャエントはどうしている?」
「薬が効いており眠っていらっしゃいます。ただご自身の怪我の状況はご存知ではありません」
「分かった。私から伝えよう」
戦果を挙げるどころか、二度と戦場に立つことが叶わない怪我を負った。
このままでは本当にルシャエントの次期王の座が危ぶまれていた。
王家に産まれた男子には継承権が与えられ、それは放棄しない限り年長順に権利がある。
王は長男であったから父親から王位を受け継いだ。
次は法の下では、王の二人の弟にあり、そして子ども世代では、弟たちの子の方がルシャエントよりも先に産まれているために継承順位は高い。
王の弟たちと甥たちは王位に興味がないとして、王の子であるルシャエントが次期王であることを推奨している。
だが、ルシャエントに王としての責務を果たせないとなると、本人たちの意向に関わらず、民が納得しない。
「何とかせねばならん。こうなっては帝国に留学させて箔を付けさせるしかあるまいな」
薬が効いているというルシャエントは王に起こされて自分がどこにいるのかを知った。
王城の一室であることに安堵し、そして怪我を思い出した。
「父上」
「お前の腕はもう剣を握れん」
「そんな」
「前線に立てぬお前が戦場に出ても役に立たん。怪我が治ったら帝国に留学しろ。もうこれしか方法はない」
「はい・・・」
怪我が治るまで安静にしているうちにベラは元気な男の子を産んだ。
その子を腕に抱くことすら今のルシャエントには難しかった。




