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「司教に宣誓されたことを嘆いても仕方ありません。ペンを」
「はい」
インクをつけて試し書きをして滲みを調整してから王妃の手に持たせる。
王妃の父親が執事にさせていたことを受け継いでいるだけなのだが、王族ですらしていない。
「・・・・・・書き損じました」
「こちらに」
「・・・・・・この紙は書きにくいですわね」
王家が使う最上級の紙であるから書きにくいということはないのだが、字を間違った理由を紙に押し付けた。
間違えては、インクの滑りが悪い、ペンが悪いと言い訳を重ねる。
「王妃様、お手が疲れてしまいます。お休みになられてはいかがですか」
「そうですね」
「僭越ながら王妃様のお心を私が代筆させていただいてもよろしゅうございますか?」
「わたくしほど上手くはないでしょうが、読めれば良いとしましょう」
「ありがとうございます」
王妃の字は貴族令嬢として教育を受けたのか怪しいくらいに悪筆だった。
この字を解読できる者は片手で収まるのではないかと言うくらいだ。
「貴族ではないということでしたね」
「はい、私の家は代々使用人をしておりますので文字は手習いとして学びました」
「よい心がけですね。褒めて遣わします」
「ありがたきお言葉でございます」
ベリセーの字は手本のように整っており誰が見ても読みやすいものだった。
王妃が書き損じた手紙から文章を選び、失礼にならない程度の枚数に収めた。
「こちらでいかがでございましょう?」
「まぁまとまっているようですね。これで出しなさい」
「王妃様のお召しの香水をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「爽やかな香りのものを選びなさい」
「かしこまりました」
手紙は一度、検閲される決まりがあるから今日出すことはできない。
この手紙でイヴェンヌが王国に感謝しながら戻ってくると信じて疑わない王妃の姿にベリセーは笑いをこらえていた。
「ベリセー」
「はい、王妃様」
「わたくしは少し眠ります。起きたら仕立屋と話をします。呼んでおきなさい」
「かしこまりました。枕元に気分の落ち着く香を焚き占めておきますので、ゆっくりお休みください」
王妃はドレスから寝間着に着替えるとベッドに入り目を閉じた。
甘さと酸味を感じる香が部屋に行き渡るころには深い眠りについていた。
「まさか代筆をさせるとはね」
手紙に関して代筆をさせることは利き手を怪我していない限りはない。
王妃とはお茶を飲み、一段高いところに座っているのが仕事だと思っているのだろうか。
「この手紙出しても届かないわよね」
内容を読めば、イヴェンヌへの批判と上から目線の縁談と帝国の批判が書かれている。
イヴェンヌへの批判と上から目線の縁談までなら検閲されても無能な家臣たちなら王妃が言うことだからという理由で帝国に届けるが、帝国への批判は無視できない。
帝国でも検閲されるだろうから批判の内容が目に触れただけで即刻開戦という運びになるのは絶対だった。
「でも届いてもらわないと困るのよね」
王妃のお気に入りの香水を適当に降りかけて趣味の悪い香りを手紙に染み込ませる。
きっと検閲する人も不快でしかないだろうが、王妃がお気に入りなのだから仕方なかった。
「そこの侍女」
「はい、何でございましょうか」
「お前は王妃様付きであったな」
「はい、さようでございます」
横柄な言葉遣いでベリセーを引き留めたのは外務大臣だった。
「王妃様からルシャエント様を説得するように進言しておけ。いいな?」
「はい、かしこまりました」
「ではもう良い。去れ」
掌を振って犬や猫を追い払うような仕草を見せた外務大臣をベリセーは冷ややかな気持ちで眺めた。
もちろん表情には欠片も出していなかった。
「外務大臣様」
「貴様!外務大臣であるわしの名を知らんと言うのか!」
「存じております。カーライト=アーヘンハイム侯爵閣下」
恭しく頭を下げて完璧な侍女になりきった。




