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王妃の書斎に便箋とペンを準備し、近くのテーブルにはお茶とお菓子を用意しておく。
帝国で失態を犯した王妃の侍女になりたいと思う者は少なく、多くは不在の側妃付きを希望するか、城の掃除への変更を願い出ている。
今までは王妃付きということで他の侍女を見下すような発言を繰り返していた侍女は変更願いを受理してもらえず、相も変わらず王妃付きのままだ。
このままでは王妃が蟄居したあとに暇を出されると怯えて、王妃の側に近づかないようにして息を潜めていた。
それが出来てしまったのは王妃が侍女の顔を把握していなかったからで、王妃と廊下ですれ違っても咎められなかった。
そんな状況だから望んで王妃付きになろうとするベリセーは周りの侍女から神のような扱いを受けている。
ベリセーもその状況を利用して、王妃付きを率先して受けていた。
「王妃様、こちらに休憩用のお茶を用意しております。私は外務大臣へ王妃様のお考えを伝えに言って参りますので、お側を離れますことをお許しください」
「許します」
「御前を失礼いたします」
全ての行動を王妃に許可を貰ってから動くベリセーを自分への忠誠が厚い侍女だと勘違いをした。
「他の侍女もベリセーくらいに気が利けば側に置いたものを・・・侍女教育にも力を入れなくてはなりませんね」
侍女の質を低下させたのは王妃だということは城に勤める者なら知っていた。
気に入らないという一言で優秀な侍女を次々に首にしたのだから残るのは王妃への御機嫌取りが上手い者だけになるのは必定だった。
「まずは、王国へ戻るように言わなくてはなりませんね。ルシャエントの婚約者にはできませんが、婚約破棄をされた娘でも侯爵家に嫁ぎ先を用意するくらいの誠意を見せてあげましょう」
ベリセーが用意したお茶とお菓子を食べながら独り言を重ねる。
手紙を書くと言いながら便箋は真っ白なままで何も進んでいなかった。
「お茶が無くなったわ。ベリセーおかわりを用意しなさい」
部屋には王妃しかいないため返事は無かった。
返事をしないベリセーを叱ろうとしたが、自分が言いつけたことで部屋にいないのだと気づいて場を持たせるためにお菓子を食べた。
全てが空になった頃にベリセーが新しいお茶とお菓子を持って帰って来た。
「ただいま戻りました」
「ベリセー、ずいぶんと遅かったようですね?」
「申し訳ございません。部屋に戻る途中にベラ様に話しかけられて時間がかかってしまいました」
「庶民の娘でしょう。相手をする必要はありません。わたくしの侍女なのです」
「次期王であるルシャエント様の御婚約者ともなれば侍女である私では断ることが難しく、王妃様をお待たせすることになり申し訳ございません」
ベラが騒いだところでベリセーの立場が危うくなることもなく、王妃の侍女であると言えば、ベラに命令されても無視できた。
それをせずに相手をしたのは王妃に対処してもらうために過ぎない。
「あの娘がわたくしの侍女を使おうなど百年早いことです。これは一刻も早く王妃教育をしなければなりませんね」
「家庭教師の何人かは明日より城で勤めるとのお返事があったそうです」
「それは良かった。王妃教育が完了した暁には褒美を取らせなさい」
「かしこまりました。幾ばくかの金貨と王妃様のお言葉がありましたら末代までの誉となりましょう」
王妃教育のために呼ばれた家庭教師は金さえあればどこでも仕事をするという者ばかりだ。
さすがに教育が身についていないとなれば評判に関わるから真面目にするだろうが、実家でも厳しい教育を受けたことのないベラが耐えられないのは分かり切っていた。
それでも王妃教育を身につけなければ、王城にいることすらも許されない。
「せめて貴族の娘ならルシャエントの後ろ盾にもなり得たと言うのに」
公爵家令嬢のイヴェンヌだったからルシャエントの継承権が上位に繰り上がっていた。
これが侯爵家では従兄のフィリョンとオーギュスタが上なのは変わりなかった。