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「王国の教育が最高では無いと申すか!」
「いえ、そのようなことはございません!ルシャエント様はベラ様と共に見識を深めるために留学を申し出られたのだと思われます」
「帝国で何の見識を深めると言うのです!今すぐ止めさせなさい」
「はい、かしこまりました」
帝国へ向けて送ろうとしていた留学申し入れの手紙を破って、ごみ箱に捨てた。
ルシャエントに命令されれば従う他ないが、さらに上の王妃から命令されれば王妃が優先される。
どんなことがあっても家臣は我が身の保全のために意見を翻す。
「あの子も何を考えているのやら」
「ご心痛お察しいたします」
「王妃教育の家庭教師は用意できたのですか?」
「王妃様をお教えした家庭教師たちに連絡を取ります故に問題ありませんかと」
王妃として権力を誇示するだけで国政については何もしていないが、王妃はそれでも伯爵家令嬢だった。
貴族令嬢としての教育は受けているし、王妃としての役目というのも理解はしている。
「ですがベラ様は学校に通ったこともない庶民でありますから、すぐに王妃教育というのは、やや難しいかと思います」
「それをどうにかするのが家臣の役目です。ルシャエントが討伐に向かうまでのひと月でどうにかなさい」
「王妃様、そのことですが、ルシャエント様は一週間後に出立できるようにと命令をされているようです」
「一週間、それはなりません。ルシャエントは一週間の間は安静にしなければなりません。場合によっては出立そのものを延期しなければいけないほどの重体だと言うのに。わたくしは外務大臣のもとへ向かいます。とにかくベラという娘に王妃教育をすぐさま施しなさい。いいですね?」
「仰せのままに」
王妃は今までにないくらいに城内を移動していた。
いつもなら部屋でお茶会と称して多くの婦人たちを呼びつけて自慢話に花を咲かせていた。
それが帝国から帰ってからというもの息つく暇もないほど動いていた。
「そもそもイヴェンヌがきちんとルシャエントを婚約者として愛していれば良かったのです。それを己の魅力が無いことを棚に上げてルシャエントに非があるように言うとは王家に仕える者として心構えが足りません」
「王妃様のおっしゃる通りですわ」
「そなたは分かっているようですね。王国内のことを声高々に帝国で話すなど反逆罪で罰せられなくてはなりません。そうでなければ民に示しがつきません」
「イヴェンヌ嬢へ手紙を書かれてはいかがでしょう。帝国へ王国でのことを話すなど言語道断ではありますが、王妃様の御心の広さを見せるために自分で戻るのなら罪を軽くするというようなことを」
「そうですね。そなたは今までの侍女と違い考える頭を持っているようですね」
「勿体なきお言葉でございます。すべては王妃様の御慈悲あってのことのです」
侍女として平伏し、王妃をここぞとばかりに持ち上げる。
最近、王妃付きの侍女に昇格したばかりの彼女は帝国で侍女をしているビルシーの妹だった。
「そなたの名は?」
「私は王妃様に名前をお伝えできる身分ではございません」
「わたくしが許します」
「ベリセーと申します」
頭を下げたままだったためにベリセーが口元だけで笑ったのに王妃は気付かなかった。
「ベリセー、外務大臣に出立の日時を延ばすように伝えなさい。わたくしは手紙を書きます」
「かしこまりました」
侍女に考えを肯定されて王妃は苛立ちが収まっていくのを感じていた。
それがベリセーの思惑通りだということには考えが至らないまま胸の内を全て話していた。
「王の子が次代の王になるのは決まっていることなのに、どうして王弟の子にも継承権があるのか不思議でなりません」
「そうでございますね」
「フィリョンもオーキュッドもさっさと継承権を放棄すれば悩まなくとも良いというのに」
王位に興味が無かったというだけで、王の弟も継承権を放棄はしていない。
そのことに王妃は気付いていなかった。