124
運ばれたルシャエントは頭に包帯を巻かれてベッドに寝かされていた。
濡れた服は着替えさせられている。
ルシャエントの容体を報告する義務があるから医師は伝令に、ありのまま伝えた。
「瘤が出来ておりますが問題はないでしょう」
「では、そのように報告をさせていただきます」
「あぁ待ちなさい」
「大事を取って、一週間は安静にすること、というのも忘れずに」
ルシャエントがスンガル山岳へ侵攻するという話は広まっている。
大臣たちは内密にもみ消そうとしていたが、ルシャエント自身が城の中を動き回り大きな声で吹聴していたから知れ渡ってしまった。
兵たちの中では誰が行くことになるのか話題になり、貴族出身の者は実家に連絡をして選ばれないように根回しをしていた。
「スンガル山岳への侵攻となれば我らも同行することになりますからな。できれば避けたい」
「先生たちは後方で控えていただくことで済みましょう」
「それは何とも言い難いことですな」
怪我人の治療をする医師を戦場に同行させることはあるが、敵国の者であっても攻撃してはならないという決まりがある。
安全な場所で死に行く者を送り出すという医師としての本分と相反することを見なければいけなかった。
重い沈黙が部屋を支配し始めた頃、医務室の前の廊下が騒がしくなったことで知らせを聞いた王妃が来たことを知った。
ルシャエントは気を失ったまま氷で頭を冷やしている状態だが、王妃が見れば騒ぐのは分かっている。
そのことを考えると更に気が重たくなった。
「どういうことですか?ルシャエントが頭を打って重体だというのは!」
「王妃様、ルシャエント様のお命に別状はございません」
「当たり前です。次期王となるルシャエントの命に別状がありましたら罰しているところです」
王妃の過保護は今に始まったことではないし、医師たちも王妃の言動には慣れていた。
前は注射の針が痛いと泣くルシャエントを庇って痛みを与えた医師を処罰しようとしたくらいだ。
「もうじき、お目覚めになるかと存じますが、御身のために一週間ほど安静にしていただきたく思います。これは外務大臣にもお伝えをしております」
「一週間?そんな短い期間で本当に大丈夫なのでしょうね?」
「はい、お眠りになっているのは日頃の気疲れもございましょう」
上手く眠っている理由をつけたが、それは王妃にとって都合よく解釈された。
気疲れが庶民の娘のベラにあると結論付けてしまった。
「あの娘がルシャエントを支えていないから苦労しているのね」
ルシャエントの頭を撫でながら王妃は何かを思い付いた。
「ルシャエントが目覚めたら、わたくしの部屋に来るように伝えなさい」
「かしこまりました」
王妃は急いで医務室を出ると文部大臣のところへ向かった。
中ではルシャエントが帝国への留学を命じたために準備が進められていた。
「文部大臣は、ここへ」
「王妃様、いかがされましたでしょうか?」
「そのように悠長に訪ねている場合ではありません。そなたらがベラという娘に教育を施していないからルシャエントが心労で倒れることになったのです。すぐさま王妃教育を始めなさい」
施すも何も、つい先日までは城下に住む商会の娘の一人だった。
存在すら知らない相手に王妃教育を施すなど不可能だ。
「ルシャエント様より王妃教育のために帝国への留学の申し出がございました」
「我が王国の王妃教育に帝国への留学が必要なのですか!?即刻取りやめなさい!あんな側妃がいるような国です。ろくでもありません」
「最高の教育を受けさせて差し上げたいとの仰せでした」
ルシャエントを王にするための苦労を悉く水の泡にするルシャエントに王妃は顔を真っ赤にして怒りを表していた。