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人の気配のない廊下を考えに耽りながら歩いているうちに厩にまで来ていた。
普段は乗馬の稽古ですら怪我をするという理由で避けているが、今日は違っていた。
「元気か?コーデリア」
「・・・・・・っふぅ」
「そうか。世話役に言わなくてはならないな」
会話が一見すると出来ているように感じるがルシャエントの思い込みで完結している。
コーデリアと話しかけた馬は白い毛並みで体つきも良い立派な軍馬だ。
体が大きいからと言ってコーデリアと名付けられないということはないが、この馬に関しては牡であるから女性名は合わない。
溜め息を吐いたような返事をしたのは、ルシャエントがコーデリアと呼びかけたことへの呆れが含まれていた。
「これはルシャエント様、何かございましたでしょうか」
「何かあったかではない。俺のコーデリアがこのような狭いところに閉じ込められているのだぞ。コーデリアも不満を言っている」
「すぐに放牧いたします」
馬の世話を任されている兵士は慌てながらコーデリアの手綱を外して自由に動けるようにする。
嬉しそうにルシャエントは手綱を握って先導しようとした。
「よし、コーデリア行くぞ」
「・・・・・・・・・っふ」
「コーデリア?どうした?具合が悪いのか?」
毎日の世話をしてくれる兵には従うが忘れてしまいそうなくらいにしか訪れないルシャエントの言葉を聞くほどコーデリアは情に厚くない。
馬といえば牝だという思い込みから女性名を付けたルシャエントのことを嫌っているから言うことを聞くはずもなかった。
「すぐに獣医師を呼べ」
「はっ、直ちに」
「どうした?水を飲むか?おい!」
「はっ」
「コーデリアに水を用意しろ」
馬の世話をしている兵は若い者が多いからルシャエントに命じられれば従うほかない。
すでに日課の運動も食事も終えているコーデリアにとってはいい迷惑だった。
「コーデリアの世話に手を抜きよって」
「ルシャエント様、水にございます」
「そこにおけ。それと獣医師はまだか?どこまで呼びに行っている?」
「レルフランド様は城での診察を終えたのちに城下の家畜の様子を確認しに行かれました」
毎日のように診察をしているから容体が急変しない限り何もないので、いつものように城下の家畜の診察に向かっていた。
それを知らないルシャエントは職務放棄をしているように見え、それを兵たちが黙認していると思えた。
「家畜如きよりも防衛を担う軍馬たちのために城に常駐するのが当然であろう。一体、何を考えている!」
「る、ルシャエント様!?何をそんなにお怒りになられて」
「そんなことも分からんのか!?軍馬を守る責務を放棄して城下に向かうなど言語道断である!それを咎めもせずに見逃している貴様らも同罪だ!」
ルシャエントの見当違いの怒りに触れて兵は何も言い返せなかった。
どれだけ理不尽な怒りであっても王族に歯向かうことができるほど兵たちは強くない。
そんな中、一番の怒りを覚えていたのはコーデリアだった。
前脚で水の入った桶を蹴り飛ばした。
「うわっ」
「ルシャエント様!?大丈夫でございますか?」
「一体、何があったのだ」
大きな声で喚くルシャエントに向かって飛んだ桶は中の水を盛大にひっくり返して地面に落ちた。
頭から水を被ったルシャエントは桶が飛んで来た方向を見てコーデリアしかいないことで盛大に勘違いをした。
「コーデリア、すまない。俺が他の奴と話をしていたのが気に食わないんだね」
濡れたままの恰好で近づこうとしたルシャエントを見てコーデリアは前脚を鳴らした。