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王に叱責をされて手柄を立てることを命じられて気落ちしているルシャエントはベラの顔を見て癒されようと部屋に戻った。
「今日はお仕事が終わったの?」
「まだだ。あとで外務大臣に確認しにいかなければならない」
「帝国から戻ったばかりなのに忙しいのね」
「これも王となるために必要なことだからな。仕方ない」
命じた家臣ですらルシャエントを王に据えることを取り止めて、王弟の子どもを担ぎ上げようとしていることに気付いていない。
戦果を挙げれば王になれると思っているところに齟齬があることも分かっていない。
ルシャエントが王になるには、今の王である父親が退位しなければならないが、ルシャエントの父親が王という立場を捨てるとは思えない。
王妃についても同様だ。
「家臣に至っては他国への顔色ばかりを窺って自国に目を向けていない節がある」
「自国の民が潤ってこその王国なのに、ルーシャ様が王になったらもっとよい国になるわね」
「そうだな。今はまだ父のように発言権がないから我慢するしかないが、王になった暁には無能な家臣どもを一掃しよう」
「そうね。ルーシャ様ならできるわ。お腹の子のためにもね」
王国に帰ってからベラは体に良いと言われて薬湯を飲んでいた。
これは子どもを流すために古くから使われているがベラには全くと言って効き目が無かった。
それでも庶民の身分の子を王家に入れたくないという家臣たちの思惑があった。
「それとドレスが無くなっているのよ。ルーシャ様が用意してくれたのに」
「何だと!侍女は何と言っている?」
「知らないと言っているわ。そしてルーシャ様の婚約者なのに実家で来ていたお下がりのドレスばかり持ってくるのよ」
「ベラの服すら管理できない侍女は首にしないといけないな」
ルシャエントがイヴェンヌの部屋から持ち出したドレスは王妃の目に留まるたびに処分されている。
次期王にするためにイヴェンヌを生まれたときから婚約者に据えていたが自分より身分が上であることに関しては忌々しく思っていた。
今はイヴェンヌが不在でドレスを処分したところで知られる恐れは全くなく、見つかったところで庶民のベラでは告発することもできない。
「ベラのことを庶民であると侮っているのかもしれないな。これは悠長に準備をしていられないな」
「ルーシャ様?」
「急いで戦果を挙げてベラとの婚約発表をして見せるよ」
「嬉しいわ。ルーシャ様がいるから頑張れるわ」
「そろそろ大臣のところに行って来る。遅くなるだろうから先に寝てて良いよ」
「ありがとう。体に気をつけてね」
ベラの笑顔に見送られて部屋を出ると、準備をいてい外務大臣のところへ向かった。
部屋を往復して会話をした程度の時間では準備も何もできていないのは普通なら分かるが帝王学も修めていないルシャエントでは分かるはずもなかった。
「おい、準備はできたのか?」
「ルシャエント様、今しばらくお待ちくださいませ」
「話が変わった。一週間のうちに準備を終えろ。ひと月も待っていてはベラとの婚約を発表する前に子どもが生まれてしまうからな」
ひと月で子どもは生まれて来ないことも常識としては知らなかった。
スンガル山岳の民族に攻め入って先勝して帰って来る頃には子どもは生まれているだろう。
「しかし養成軍との連携も無しに進むのは危険でありますので、ひと月の準備というのは必要でございます。装備なども用意しなければなりませんので」
「国を守る軍でありながら装備もまともにできていないのか?そんな怠慢では攻め入られても文句は言えんぞ。急ぎ準備をしてスンガル山岳の民族を国力の差を以ってして勝利を収めなければならない」
「いかに国力があるとしましても規則というものは守らねばなりません。ひと月のご猶予をご理解いただきたい」
王国の利にならない戦争は回避したいと思っている外務大臣は理由をつけて先延ばしにするつもりだったが、ルシャエントが乗り込んで来たことで予定が大幅に狂った。
言い包めるための策を考え始めた。




