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「そうだな。マジョルード先帝は宛がわれた妻であっても大切にされていた」
「追い出すような策には力をお貸しいただけないですわね」
「少なくとも皇太后自身が望まれることが必要だな」
皇太后が自発的に向かう分には問題ない。
あとはヒュードリックとイヴェンヌの婚約を発表することができるまで戻って来ないことが必要だ。
「ルイーナ様のお時間もないことですし噂だけ流しておきますわ」
「そうだな。だがその噂はどのようなものにする?」
「次期皇帝の座が危ぶまれている。それはお心を支えるための伴侶が現れていないからだ。というようなものでいかがでしょうか。あまり具体的では信憑性に欠けてしまいますし」
「その伴侶が現れるように祈願してもらうということでしょうか?」
「その形が理想かと。表向きは伴侶が現れるように祈るとして皇太后にはご自分の血縁の方が嫁げるように祈っていただくという形にいたします」
昔から占いなどが好きな人だから願いが叶うとなれば喜んで修道院に行ってくれそうだが思い通りにいかないのがアーマイトだ。
多少の監視の目は必要になってくる。
「たしか明日ですが皇太后のお部屋の模様替えがあったはずです。多くの侍女が出入りしますので噂を流しやすいと思います」
「なら頼むぞ」
「その間に周りにお嬢様との仲睦まじい様子を見せつけておいてください」
「了解した」
「仲睦まじいだなんて」
イヴェンヌは照れて頬を染めた。
わざわざ見せつけなくても仲の良さを知らない侍女はいない。
毎日のように一緒に庭で食事をして書物庫に通っていれば嫌でも見ることができる。
「お嬢様、明日はアーマイト皇太后も自由に城を散策されます。二人きりにならないようにヒュードリック様から離れないでください」
「分かったわ。明日はロックたちにボルボドキア語を教えることになっているの。ヒュードリック様が堪能でいらっしゃるから一緒に教えるのよ」
「では中庭に勉強道具を用意しておきます」
ヒュードリックだけでなく側室の子も一緒なら安心だ。
中でもロックベルは聡明だ。
大人になれば宰相あたりは就任できる。
「それにしてもボルボドキア語とは珍しい言語を教えられるのですね」
「近隣国の言語を習得することに難色を示す者が多くてな。それなら遠方の国の言葉にしてしまえば言い訳もしやすい」
「他国の言語を覚えることまで難色を示すとは老中も落ちたものですね」
「一番交流が深いのが隣国であることをお忘れですのね」
式典があれば出席することが多い。
同盟国だったりすればなおさらだ。
そのときに通訳がいなければ会話ができないようでは下に見られてしまうことに老中たちは気づいていなかった。
中には気づいている老中もいるだろうが、聡明な者は操りにくいことで嫌厭されていた。
「すごいのですよ。ヒュードリック様はとても綺麗なボルボドキア語を話されるのです」
「さようでございますか」
「わたくしは接続語の発音がとても苦手ですから羨ましいですわ」
ボルボドキア語と言われて話せる侍女はいないし文法も分からない。
イヴェンヌが褒め称える発音がどれほどのものかは分からない。
でも教育の一環として学んだイヴェンヌがすごいと言うならすごいのだろうと思うだけだ。
「イヴェンヌもすぐに慣れるさ。リウニス帝国語を話せるのだからな」
「ヒュードリック様にそう言っていただけるのなら安心ですわ」
完全に二人の世界になったところでマリーとイリーダは退席する。
恋人同士であるから一緒の部屋にいてもおかしくはないし邪推する者もいない。
節度あるお付き合いだ。




