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「とても賑やかなのですわね」
「これは賑やかなうちに入らないぞ。祭りがあれば人で溢れるからな」
「そんなにもですの?見てみたいですわ」
どんな格好をしても言葉だけは直せない。
箱入りの令嬢であることは分かるし護衛らしき男性も一緒だから見て見ぬフリをする。
「リック様」
「どうした?」
「あれはどういうものですの?」
「あれはモルドバワニの串焼きだな」
「王国では塩焼きにしかしませんわね」
お忍びだから食べることはできないが料理長に言えば作ってくれるだろう。
庶民の食べ物だからといって作らないということはない。
民の食べる物を知らなければ飢饉になったときに助けられない。
戦争になり国庫を節制するときには食事も質素になるから普段から慣れておく必要がある。
「あのきれいなものは食べ物ですの?」
「あれは包み菓子だな」
「お花みたいですわ」
「花ならあちらにブーケが売っているぞ」
「ブーケが普通に売っているのですか?」
王国ではブーケは結婚式のときだけ持つことができる。
普段の花は一輪だけ飾ることが多かった。
花束は誕生日もしくは祝い事のときだけで花を売る専門の店というのはない。
「生花のブーケは難しいが枯花のブーケならすぐに買える」
「枯花?」
「見るほうが早いな」
枯という字を使っているが実際は枯れない花というのが近い。
半年くらいはきれいなままだから気軽に買える。
「まぁとても可愛いですわね」
「気に入ったのがあれば部屋に飾ると良い」
「良いのですか?」
「もちろんだ。部屋の家具も好きなのがあれば変えて良いぞ」
桃色を基本とした可愛らしいブーケを選んだ。
そろそろ戻らないと気付かれるから来た道を歩く。
「リック様、ありがとうございます」
「喜んでもらえて良かったよ、イヴ」
「外はこんなにも楽しいのですね」
「今度は祭りのときに来よう」
次の約束というものにイヴェンヌは顔をほころばせる。
ブーケを見ながら歩いているとルイーナとの会話が頭をよぎった。
「・・・わたくしルイーナ様とお話しをしましたのよ」
ヒュードリックの眉間に皺が寄った。
ルイーナの独断だったからだ。
今日のお忍びが終われば話すつもりだったから先を越された形になる。
「お二人が協力をされているということもお聞きしましたわ」
「イヴェンヌ、俺はルイーナに後宮の管理を任せたが愛してはいないぞ」
「弁明をいただかなくてもルイーナ様に聞いておりますわ。ルイーナ様には背の君の御子が二人も宿っていらっしゃるということを」
「そうか」
ルイーナは自分の恋心も踏まえて全て話していることが分かった。
イヴェンヌが勘違いも嫉妬もしていないことも。
「ルイーナ様からはヒュードリック様と相思相愛であるという演技をして欲しいと言われましたわ。でも違うと思いますの。わたくしヒュードリック様のことをお慕い申し上げております。お芝居はできそうにありませんわ」
「・・・そうか」
「また別れることになりますもの」
「なら別れることにならなければ良いのだな」
「ヒュードリック様?」
イヴェンヌは自分が言った言葉がどれだけのものか理解していない。
恋の言葉遊びすらしたことがないのだから仕方がなかった。
「イヴェンヌ、俺と添い遂げてもらえないか?俺の皇妃になって欲しい」
イヴェンヌの無意識の告白を聞いて黙っているほど男は廃れていない。
このルイーナの独断はイヴェンヌに自分の気持ちを自覚させるものだろう。
長年の婚約者と別れて次に会った男性に優しくされて恋をしているのか。
それとも勘違いをしているのか。
今回は恋であったからヒュードリックもルイーナも賭けに勝ったことになる。
「はい、お受けいたします」
「ありがとう」




