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「・・・その本の続きは違う棚にありますわよ」

 

「っ!」

 

「驚かせてしまって申し訳ありませんわ。わたくしはルイーナ=ジョルジュと申します」

 

「いえ、わたくしはイヴェンヌ=カレンデュラですわ」

 

「イヴェンヌ様に相談があって参りましたのよ」

 

「相談でございますか?」

 

ヒュードリックはイヴェンヌにまだ話していない。

 

ルイーナはヒュードリックの性格を見越してイヴェンヌを訪ねた。

 

まだ話していないことも話せばイヴェンヌに命令に近いお願いをすることも。

 

「不躾であることは承知ではありますが、事情が変わり悠長にしていられなくなり伺いましたの」

 

「そうでございますか」

 

「順を追って説明しますわ。わたくしは公爵家令嬢でヒュードリック様の皇妃候補の一人でした」

 

侍女が誰もいないことからルイーナの根回しだと分かる。

 

そして他言できないような秘密であることも。

 

ソファで向かい合うように座る。

 

ルイーナがすぐに本題に入ったことから時間はあまりないのだろうと推測された。

 

「過去形なのは公爵家という身分が高すぎると苦言を呈した方がいらしたからですわ」

 

「苦言・・・聞き及んでおりますわ」

 

「話が早くて助かりますわ。わたくしを含め多くの令嬢が後宮に上げられました」

 

命令なら仕方ないと涙を呑んだ令嬢もいるが野心を持った令嬢もいた。

 

抱えた思惑は人それぞれだ。

 

「令嬢のうちの誰かが懐妊すれば皇妃に召し上げることになってございました。でもヒュードリック様は聡い方ですもの。老中の思惑を全て知りながら協力をわたくしに求めてきました」

 

「協力でございますか?」

 

「えぇ、もっとも寵愛を受けているのは〈公爵家令嬢のルイーナ〉であると周りに思わせておくことでした。わたくしも別の方を愛しておりましたから利害が一致したのですわ」

 

ヒュードリックの後宮のカラクリは理解した。

 

だが、これだけでは相談というものは見えてこない。

 

「いつかヒュードリック様が心から望まれた令嬢が現れるまで後宮を率いるという約束のもと今日まで参りました」

 

「ヒュードリック様に求婚されたことは間違いありませんが、お返事を差し上げておりませんわ」

 

ルイーナが来た理由がぼんやりと見えてきた。

 

イヴェンヌも王妃となれば後宮をまとめて率いる役目もあった。

 

自分の立場というものを理解するくらいには優秀だった。

 

イヴェンヌの眉間にしわがわずかに寄ったのを見逃さずにルイーナは微笑んだ。

 

「勘違いはなさらないでくださいませ。わたくしは返事を急げというつもりはありません。ましてや受けろというつもりも」

 

「でしたら」

 

「わたくしは今、愛する方の子を宿しております。一人ならギリギリまで隠せたでしょうが双子なのです。すぐに隠せなくなるでしょう。わたくしの勝手であることは承知の上です。イヴェンヌ様にわたくしの代わりに寵愛を受けている役目を担っていただきたいのです」

 

「ヒュードリック様を騙すということですの?不敬ではありませんこと?」

 

「ヒュードリック様にも協力を仰ぎますわ。でもイヴェンヌ様はヒュードリック様から協力を求められたら応えるのではありませんこと?もし好意を持たぬ相手であったとしても相応しい振る舞いを自然におこなえてしまうのではありませんか?」

 

ヒュードリックが次期皇帝であるからお願いという形でも命令になってしまう。

 

今のイヴェンヌは王国と縁が切れても帝国内に後ろ盾を持たない令嬢だ。

 

すぐに潰されてしまう。

 

王妃になることを求められて王妃になる素質があると示し続けなければ存在する価値すらも危うかった。

 

自分でできるのならと本心を綺麗に隠せてしまう。

 

貴族の令嬢なら必要な技術だがイヴェンヌのそれは行き過ぎていた。


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