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コルセットまでは締めているが下着姿のままのベラが叫んだ。
壁には帝国で着た豪華なドレスが吊り下げられている。
金糸と銀糸が使われたドレスはベラを楽しませていた。
「こんな地味なドレスは嫌よ。私は国母となるのよ」
「しかし」
「何よ、私に口答えする気!私はルシャエント様の婚約者よ。侍女は黙って言われた通りにしなさいよ」
一度、豪華なドレスを着たことに味を占めて普段着ていたドレスを着なくなった。
今までは正式な婚約者ではないという思いから我慢していたが司教に認められたのだから贅沢が出来ると思っている。
物語のお姫様のように綺麗なドレスだけを着て過ごせるのだと信じて疑わなかった。
ルシャエントがベラの侍女を雇うと宣言しながら何もしないので、仕方なく王妃付きの侍女が順番に世話係を最低限に勤めていた。
着替えや食事などの身の回りのことだけだが餓死されては困るということからだ。
身分は庶民のままのベラの機嫌を損ねたとしても職を失うことはない。
むしろベラの方から婚約者を止めると言ってくれるのを待っている。
そうなれば王命に逆らったとして処刑にすることもできる。
庶民の娘が逆らった程度では行き過ぎた罰だが宣誓も終わったあとのことであるから王家への反逆とでも理由は立つ。
「こちらはご実家に用意していただいたものです」
「どうして婚約者である私が庶民の服を着るのよ」
「婚約者は生家の立場が適応されます。庶民である以上は庶民の色を纏うのが仕来りにございます」
実家で着ていた服ばかりが並べられて用意されていた。
第一王子の婚約者になったのだから新しいドレスを着ることができると思っていた。
今でこそ王妃は王家の色のドレスを着ているが元は伯爵家だから、その身分より高いドレスを着ることは不敬となる。
ベラの体形に合うドレスはイヴェンヌのものだが、それらは公爵家の身分のドレスしかないので着ることができない。
庶民のために、いつも貴族のお下がりを着ていて自分だけのドレスというのは誕生日のときくらいにしか仕立ててくれない。
他の商会の娘でも一か月に二着くらいは新しいのを着ていた。
それが羨ましくて両親に強請っていたが叶えられたことはなかった。
ベッドの上で不貞腐れているベラがドレスを着ないのなら仕方ないとばかりに服を置いて侍女は立ち去った。
裸でいても昨日のドレスを着ていても気にしない。
教育係なら気にしただろうが王妃付きの侍女は気にしない。
「わたしが王妃になったら全員クビにしてやるんだから見てなさい」
仕方なしに用意されたドレスを着る。
裸のままにいれば風邪を引いてしまうし部屋の外にも出られない。
「ルーシャ様なら絶対にドレスを用意してくれるんだから」
そのドレスは身分というものに疎いルシャエントが、イヴェンヌが着て仕舞っているドレスを勝手に持ち出していただけだ。
王妃は気づくと、侍女に命じて処分させている。
「いつになったら黒のドレスを着れるんだろう。私はルーシャ様の妻なのに」
婚約者ではあるがまだ婚姻に至っていないから黒を着ることは許されていない。
婚約者がいながら黒を常に着れば相手との結婚を望まないという暗黙の了解になってしまう。
貴族の仕来りに疎いベラは何も考えずに黒があれば黒を着ていた。
その黒のドレスはイヴェンヌが仕立てた喪服だった。
「お腹に子どもだっているのに」
子どもがいても王族になれるかというのは怪しい。
子は王族であるが母親となった者が王族の扱いを受けるかどうかは必須ではなかった。
そのことにはいつまでも気づかなかった。




