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「ロカルーノ王国が総出で来るのならば聞きたい事を確認するに良い機会だと思ったのです。でも彼らはウィシャマルク王国を小国と蔑んだ。これでは聞きたいことが何も聞けないままになると思いイヴェンヌの婚約契約の無効の話を先に進めました」
「なぜマセフィーヌ様がお話になられていたのか不思議だったのです。本来ならば自分のことをわたくしが話さなくてはならないのにと思っておりました」
「彼らが話すに値するか確認するためにイヴェンヌの話題をさせてもらいました。結果は値しないばかりか帝国まで愚弄したのです。近い将来にジョゼフィッチ皇帝は戦争をなさるでしょう」
「戦争でございますか?」
戦争をしたところで近隣諸国に勝つこともできないほどの軍事力しかないロカルーノ王国を基準に考えれば現実味のない話だ。
「イヴェンヌは戦争を止めたいと思うでしょうが国の尊厳というものは守らなければいけないものの一つです。帝国を侮辱した王国を許すことはできないのです」
「王国で生まれ育ったのですが王国を大切だと思う気持ちがないのです。ですから戦争だと聞いても止めたいと思わないのです。わたくしは冷たいのでしょうか」
「いいえ、誰も貴女を冷たい者だと思う者はおりませんよ」
イヴェンヌの頬には涙が伝っていた。
いつか支え合うことができると信じた者に裏切られ傷ついても涙を流せるだけの心を持つ者を冷たいとは誰も思わない。
少なくともマセフィーヌは思わない。
「話を婚約契約の無効についてに戻しましょう」
「はい」
「事前に貴女に相談をすれば貴族令嬢として王妃になり第一王子を支えると答えたでしょう。それならばドラノラーマもヘルメニアも貴女も帝国に急ぎ来る必要はなかったことになります」
「婚約契約書があるかぎりは王妃となることを覚悟しておかなくてはなりませんでした。マセフィーヌ様のお言葉の通りに答えたと思いますわ」
泣いていることにイヴェンヌは気づいていない。
だからマセフィーヌもあえて指摘はしない。
「些細な事で構いません。貴女がしたいことをやりなさい。王国に帰りたいと思ったのなら帰っても良し、他国を旅行したいと思ったのなら良し、帝国は貴女の故郷でもあります」
「ありがとうございます、マセフィーヌ様」
「帝国は貴女にはまだ生きにくいでしょう。でもそれも時期に解決します。困ったらヒュードリックに相談してみると良いでしょう」
「ご迷惑ではありませんか?」
「帝国の者は親しい者には率直に答えます。迷惑なら迷惑と遠慮なく伝えます。ならば迷惑だと言われるまで年下は年上に甘えて良いのです」
好き勝手に兄に物申している妹たちだが引き際は心得ている。
何だかんだと言っても兄は妹たちが可愛かった。
「それとわたくしでもドラノラーマでも構いませんのよ。ほんの少し先を生きているだけですが助言くらいはできますもの」
「何がほんの少しですか?マセフィーヌ叔母上」
「ヒュードリック」
「そろそろイヴェンヌを解放していただけますか?叔母上」
「まぁ良いでしょう」
長いこと話していたらしい。
気になったヒュードリックから制止が入った。
「ヒュードリック様」
「どうした?」
「わたくしはお忍びで買い物がしてみたいです。身分を隠して買い物をすることがあると聞いたことがあります」
「お忍びにも二つの意味がある。それについて説明しないといけないな」
「どういうことですの?」
やりたいことを考えて幼い頃にお茶会で聞いた唯一と言っていい外の情報だ。
その話をした令嬢は次からは呼ばれなくなってしまったがイヴェンヌの知る教科書に載っていない外の世界のことだ。