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後編

そうして私は10年ぶりに『南』へと戻った。


**

次兄へ心酔するものは多かったのだろうか。


毎日、太陽のあるなしに関わらず私は、やはり命を狙われる羽目に陥った。


知らぬ間に、自分が随分と興味を持たれるものに変わったものだ。

と、苦笑し。

闇の中、塊になっていく、数時間前までは人間だったものを無感情に見つめる。


ああ、今日のこの男は誰だろうか。

暗闇の中、血の匂いだけが体に纏わりつく不快さに、

足元に転がる塊を踏みつける。

きっと、何もなかったように。

明日の朝には、染み一つない部屋のままなのだから。

そして私は、それを見て何もなかったことにする。


……闇の中には何もないのだから。


**

能力主義の『南』とは美しい言い分だ。

と、うんざりしながら食事の中に含まれる毒を飲み込む。


それが体の中に飽和し、結晶してあの冬の地に降り積もる雪のように層を作り沈殿していくことを夢想する。


そう私は時折、(むせ)て血を吐くたびに思うのだ。


まだ、あの時と同じ赤が自分の流れていることに安堵する


一体どれだけの毒を、刃を仕込めば満足するのだろうか。


朝起きて最初に笑顔で給仕から渡される水には毒が多分に混じり、

再教育という名で雇われる教師たちの懐には突き立てるための刃が隠されている。


**

しかし、私は運が良かったのか

それともどうしようもうなく運が悪いのか。


それとも『北』でいくらかは耐性が出来ていたのか

私は簡単に斃れることはなく


その挙句に、大人たちの期待に応えてしまう結果になる。


そのたびに考え、女の溜息のような声を漏らす。

ああ、あの獣の目の本当の獲物について考える。


しかしそれは、

私のような脆弱な肉ではない事だけは確かなようだ。


**

しかし、その試練という名前の虐待は過ぎ去った過去となり。


私は『南』の代表であることを示す白い服を着て君の手を取る。

裾の長い私の白い仕官服と赤い夜会服(ドレス)の君。


「……ふん、約束は守ったようだな」


気に入らなそうな口調で、君が言う。

私は、君の所で学んだ口角を上げる動作をして、

君の傷ついた指先に唇を落とし、それを舐める事で無かったことにする。

会わない間に負った傷など興味が無い。


「体の中の血の色が全て入れ変わるくらいには」

「……そのようだ」


折角の、君の社交界入り(デビュー)の相手になったというのに君は相変わらずのようだった。


「それとも他に、好い人でも出来たかい?」


本来であれば、その言葉に嫉妬の色でも乗せなければならなかっただろうか。

不思議な程、静かな声を出して私は君に小さく囁きかける。


「私が?お前こそ、南では女に囲まれていると聞いたぞ。

 別れた時よりも優男ぶりが上がっているな」


私の言葉を鼻で笑うようにして断じ、君も温度の感じられない声で私にそう言い

別れたころよりも短く整えられた、私の髪を指で漉き乱す。


「私は使える男だからね」

「どうやら、そのようだ」


私の言葉にやっと君は面白そうに口角を持ち上げ、

獲物を前にした獣のように赤い舌で唇を舐める。

まるで、舌なめずりするかのような動作に私は陶然とする。


「君の方は、約束を守ってくれたかい?」

「ふん、お前はいつも生意気な事ばかりを言う」


約束を覚えていたのか、問うように囁きかければ、普段あまり表情のない君が

(あで)やかな笑みを浮かべて見せる。

確かに君のその風貌では、恥じらう初々しい少女という表情では浮いて見えるだろう。


「会場ではなく私の室に閉じ込めたいな」

「私をか?それは余りにも勿体ないとは思わないのか?」

「だって、今ならば容赦なく君を壊せる気がする」


舌なめずりする。別れた時よりもずっと強かになった獣。

壊れかけていた場所がすっかりと綺麗に戻ってしまっていて

残念な気持ちになった。


「ああ、そうだな。

 お前も随分と強かな顔をするようになったしな」


ちらりと一瞬だけ作り物ではない獰猛な笑みを見せて。

私の複雑に縛られたタイの結びに指を引っかけて崩す。

私はその悪戯に笑って、君の大きく開いた胸元に指を入れて襟に沿ってその膨らみを辿(なぞ)り鎖骨に指を這わせる。

悪戯にも面白そうな顔をする君に煽られる。


「指などではなく、舌で触れたい」

「後にしろ変態が」


名残惜しく私が送った首飾りに触れ咎められた所で、出番だと無粋な声が掛かった。

途端に、隣に立つ彼女にすら興味を失った私はその後の事すら忘れてしまった。


**

神聖だという『黒』を踏み躙るのは思っていたよりもずっとつまらない。


そう思って、私は嘆息する。

やはり、踏み躙るならあの私の獣の方がずっと価値がある。


そう思いながら、視線を向ければ神聖な黒は怯えたように体を震わせた。


「貴方が私の長兄を」

「そのお陰で、お前のところに転がり込んで来たのだろう?」


殺したのか?と、告げる前に。

まるで見当違いな事を告げられ、私は思わず笑いそうになる。

お前たちのせいで、私がどれだけの遠回りをさせられたのか考えたこともないのだろうか。


興味のないものを覚えさせられ、

必要のない毒杯を浴びるように飲み、白刃を何度突き立てられたか。


考えることもないのだろう。

黒にただ執着する、この黒は。

私が獣に執着をするのと同じ匂いを感じて目を細め、やっと相手を認識する。


「しかし、私が跡を継ぐということは、貴方の黒を取り上げる事だ」


こういう時にやれと言われたよう、私はにやりと笑って見せる。

王家から下賜されるということは、こういうこと。

長兄でなければなかった訳はなく『南』の後継者に『黒』の姫を。

私が貰い受けたとしても、興味なく打ち捨てるだけの玩具になるしか意味のない姫を。

この目の前の男が知らない訳が無いのに。


「……あれは、私のものだ」


低く唸るような声で執着を訴えらえ私は初めて男に興味を持つ。


「いいでしょう、ならばそれを認めさせればいい。

 私は、貴方の相手などに興味が無いのだから」

「…だが、東が……」

「王家に東の血は多すぎる、とは思わないのですか?」


初めの理由は何だっただろう。

興味なく与えられ吞み込まさせられた歴史(ちしき)を思い出そうとする。

初めは、濁り始めた黒に親和性の高い青を入れた?

そんな馬鹿げた理由だっただろうか。


「……始祖のような色を持つ貴様に私の苦悩が解るというのか」

「我々は『色』に執着などしたりはしないので」

「ああ、南らしい言い分だ。だが…」


苦悩に満ちた声が。

くだらない欺瞞を口に出すのを無感情に見つめ他の事ばかりを考える。


私はあの獣に執着をしているが、

ただ、壊せればいいだけで他の男と通じてもかまわないと思っている。

他の男の子を孕んでも、私が夫というものでさえあれば満足するのだから。

私達を蹂躙するのはお互いだけで良かったのに。

随分な遠回りをさせられている。


「もう、よろしい……」


長々と愛について語られることに飽きて私は溜息交じりに言葉を切る。

どうせ、私には関係のない事。

私には興味のない話だ。


「臣下の私は、貴方の望む様に致しましょう」


そう笑って、私は。

この茶番を終わらせるための大義名分を手に入れる。


**

そして、そう誓った言葉通りに、数年を待つことなく

私たちは当時の王位まで簒奪するような事件を起こし、望む結果を得たのだった。


ただ一人の壊れた黒(しょうじょ)だけを犠牲にして。

私はただ一人哄笑し、やっと、満足する。


君を壊す権利を手に入れたことに。

そして、私の不具合が満たされた事に。


**

そして月日がたち、やがて物語は劣化し曇り堕落し、美化され、涙とともに地に墜落する。

私達、夫婦の間にこんなやり取りがあったことなど他の誰も知らないまま。

うわべだけの物語で、赤面ものの幕を閉じるのだ。

『そして二人は幸せになりました』


巻き込まれた当事を知る者は。


私達をこう呼ぶ。


『呪われた悪魔』


しかし物語を見たものは。

うっとりとした目で絵姿を抱き、劇場で泣いたものは。


私たちをこう呼ぶ。


『運命の恋人』…と。

*若いころの母のイメージは○シャナ殿下。

 父のイメージは森の人(って漫画の方にしか出てこないしどんなんだったかすらうろ覚えだし(笑))

*クシャナ殿下の声が大好きすぎて、頭の中で『薙ぎ払え』とかああいう口の利き方が好きすぎてこんなことに…(笑)なのでお母さん喋るたびにあの声が(笑)

*いろいろとぼかしている『運命の恋人事件』を知りたいと思った方のみご覧ください。あまり気分のいい話ではないので。


*父17歳母15歳の頃の話です。北に連れてこられるというのはその更に10年前をイメージしています。

*なので、まあ父20才前後くらいで結果出してるんだな。わはは。(ヾノ・∀・`)ムリムリ

*父は興味が無い事には全く興味がなく、母は天才すぎて誰にも興味が無い。そんな頃の二人の話。

*最初顔が解らない設定にしようかと思ったのですが、それはやめてこうなりました。

*父目線からの『運命の恋人事件』でしたー。

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