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第二十一話

 ◇第二十一話



 王都サイスは、本日晴天なり。

 南西から暖かな風吹くため、洗濯日和な一日となるでしょう。

 天気予報士あたりなら説明してくれるほど、王都サイスは雲ひとつない青空。


「王都サイスの空は青かった……」

「――ロバート、気を確かにしろ。状況が厳しいのは否定できないが、まだ失脚したと判断する決まったわけではないだろう?」

「……アレン卿、私は終わりです。もう終わった男なんですよ」


 心までも晴れやかになるような青空をもってしても、ロバート司教の心が晴れることはなかった。感情が表に出ないよう配慮しているが、心の中では西高東低の気圧配置から生み出される極寒の風が吹き荒れていた。

 ロバート司教は、所謂出来る奴である。

 王都サイスの司教にして、キャメロン大司教に次ぐ地位まで登りつめた経歴は伊達ではない。教会と言えども縦社会である。教会権力の頂点を目指す出世競争は非常に厳しく、権謀渦巻く魔窟と評しても過言ではなかった。その荒波を凌ぎ切ってきたのだから本来精神的にタフな人物の筈だが、毒舌家でならすアレン卿が思わず同情を覚えるほどに焦燥しきっていた。

 全ては、アレン卿からもたらされた一枚の早文が原因である。


 シーラ様、ネスト(第三キャンプ)にて倒れる。

 目立った外傷はないものの、三日経過してなおも意識が戻らず。


 アレン卿が個人的な情報網を駆使してこの早文を入手したとき、彼ですら表情が凍りついた。ある程度は事前に予想していたが、それでも早文が伝える事実はショッキングだったのだ。


(シーラ様が迷宮に旅立ってから心労のあまり食が細くなっていたロバートに、この情報を伝えるのは正直気が進まなかったが、事実を伏せておいても時期に判明する。ならば、早く知っておいたほうがマシだ。その心づかいから耳に入れたのだが、これは早まったか?)


「なぁに、気に止む事はない。シーラ様の御容態は不明だが、ネストには大魔術師ジェシカ様と彼女の診療所がある。少し時間はかかるかもしれないが、いずれ快方に向かうだろうさ」

 努めて楽観的な未来図を話しているが、アレン卿も自分の言葉を信じていなかった。

「……」

「いざとなればジェシカ様の転移魔術で、迷宮の入口近くまで運んでもらうまでだ。この場合、シーラ様が受けた御神託は遂行されないことになるが」

「……」

「――まあ、命には代えられないだろうな」

「……」

 ブチッ。

 聞こえない筈の音が聞こえた気がする。よく見るとアレン卿が拳を握りしめていた。らしくなく気遣う言葉をかけているのに、ロバート司教の無反応なことにカチンときたのだろう。青筋を立て身体をわなわなと震わせる様からは、あらん限りの理性を動員して感情を抑えているのが分かる。

 数秒が経過する。

 悲鳴も怒気を含んだ声も聞こえない。

 どうにか理性が感情を上回ったらしい。慰めている相手から反応がないのは癪だが、ロバート司教の精神状態から考えて致し方ないと自分を納得させたのだろう。相手が聖職者であろうとも、暴力に訴えることに躊躇を覚えないあたりは、流石はエルの父親といったところか。



(落ち着け、俺。この不抜けた馬鹿を殴ってもどうにもならん。それに殴るべき相手はうちのドラ息子のほうだ、まったくだらしないにも程がある。まあいい、いまは馬鹿やドラ息子よりもシーラ様のことだ。

 考えてみれば実に特異な存在だ。エルフは普通魔術師になるものだが神聖魔法士を選択するとは。興味半分に探りをいれたときには『5歳になってからサイスに来ましたが、その前から神々の声が聞こえていましたよ』と語っていたな。

 彼女は敬虔な信徒であり、神の声を直接聞くことができる巫女。他者に信仰心を押し付けるような狂信的人物ではないが、一度告げられた御神託には身命を賭すことを厭わないだろう。

 信仰心の高さというよりも十代の少女らしい純真さと適正の高さ、なによりエルフという種族的特性から神々に気に入られたように思えた。永遠の若さと美しさを兼ね備えた種族の少女から一生を捧げると言われたら、神々でなくても小躍りするだろう。

 実に羨ましい。

 シーラという少女の特異性は、御神託を受ける数が極端に多い点にある。そりゃ、エルフの美少女会いたさに毎日のように語りかけたくなる神々の気持ちは理解できるが、他の聖職者や聖人と比較しても少し異常なまでの数だ。まったく、どれだけ気に入られているのだか。不可解なのはそれほど気に入っている少女へ、何故迷宮という死地に挑むように神託を下したのか?)



 ◇



「不可解だ、実に不可解」

「なにが、不可解なのですか?」

「ただの独り言だ、ロバート。それより街の風景でも見て心を和ませろ」

「……いまさら心を和ませて、どうなるというのですか?」

「いいから、黙って観てみろ!」


 むずりと首をつかむと街が見える方向へ強引に向かせる。視線の先には赤レンガで統一された街並みがあった。その景観の美しさは、窮地に追い込まれつつあることを忘れさせた。

 彼等は現在王城に至る小高い丘を下り始めている。王都サイスの王城は街全体を見下ろせる場所に建設されたこともあり、赤レンガの屋根で統一された街並みと青空が絶妙なコントラスをなしていた。朝焼けや夕闇に沈む時間帯は特に美しく、アレン卿のような風情とは縁がない人物でも言葉を失わせる。

 フィレンツェを思わせる街並みは、未だ建設と拡張の途上にあるが、未完成の段階においてさえも風光明媚の代名詞になりつつある。なかでも最も美しい姿は王城からの眺めであり、この場所から街を一望することは、王城に登庁を許された者達のみに与えられた特権でもあった。


「いつ観ても奇麗な風景ですね」

「ああ、護るに値する風景だ」

「――この風景ともうすぐお別れかと思うと、また格別の感慨を覚えますな」

「だぁぁぁぁ。その発想からいい加減離れんか!」


 しんみりする雰囲気に耐えきれず、アレン卿は激しく吠える。

 小高い丘から発せられた大声は、エコーがかかりながら眼下の街並みに拡散していく。流石に街の住民達には聞こえないだろうが、二人と同じく王城から帰庁する貴族や聖職者達の注目を浴びてしまう。


「誰かと思えば()()アレン卿か」

「彼ならなにをしても仕方ありませんな」

「あれが我らと同じ貴族とは、実に嘆かわしい」

「王家の方々と親しくなければ素行の悪さから失脚していましょうに。陛下もお戯れがすぎますな」

「言うでない。陛下の御幼少時代からの友人なのだ」

 言いたい放題である。実際には声を低くして囁いているため聞き取りにくいが、概ねこんな感じ。王家の影を恐れて面と向かって注意をしないし、近付いて来ることはなかった。否、来ない筈なのだが今日ばかりは勝手が違ったらしい。


「これはこれは、御二人揃って密談ですかな。なにか御悩みでしたら、この私が懺悔ざんげを聞いて差し上げますが」

「――ブラウン司祭殿」

「ちっ、守銭奴か」

 二人はそれぞれ異なる想いを込めて視線を送るが、嫌な相手に出会ってしまったという感情は共通であった。そんな感情には気付かない振りをして、「なにか言いましたかな、アレン卿」と言い返せるあたりは、ブラウン司祭と呼ばれる人物も中々の狸といえよう。

「ほう、聞こえなかったか。菜食主義者とかいう訳のわからん主張を振りかざして、野菜ばかり食べる食生活が悪影響を与えたんじゃねぇのか?」

「はて、なにを言っているのやら。躾のなってない狗が吠えている気がしますが、ロバート司教には聞こえますかな?」

「それは目の前のアレン卿ですよ、ブラウン司祭殿」

 苦笑いしつつも指摘するあたり、ロバート司教も中々言うものである。

「歳を取るというのはいけませんな、貴族が狗に見えるとは。これは大変失礼しました、アレン卿」

「言うじゃねぇか、守銭奴が」

「なにか言いましたかな、アレン卿」

「それは都合のよい耳と目を持っているなとと言っただけだ、くそ爺」

「貴方も年齢を重ねれば分かりますよ、若造」

「いま聖職者に似つかわしくない発言が聞こえた気がするが俺の聞き間違いか? ロバート、お前はなにか聞こえなかったか?」

「のう、ロバート司教殿。私は発言していなかったと思いますが、どうですかな?」


 詰め寄る二人にロバート司教は気が付かない振りをする。安易に旗幟きしゅを鮮明にしないあたり、出来る奴との評判を垣間見せる判断だった。精神的な袋小路に入ったかにみえてまだまだタフなようだ。アレン卿は苦笑し、ブラウン司祭は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬見せる。


 ブラウン司祭は裏で守銭奴と囁かれる、曰くつきの人物である。

 根っからの菜食主義者で、彼が口にするのは教会の敷地内で栽培された玉葱たまねぎ胡瓜きゅうり隠元いんげん等の生野菜サラダと、同じく教会の敷地内で栽培された小麦で焼いた堅い種なしパン、あとは蜂蜜や果物くらいだ。

 守銭奴と囁かれる人物とは思えない食生活を過ごしているため、体脂肪率が極端に少なく、悪くいえば骨と皮に辛うじて肉がついているような体型をしていた。宗教家というより隠者のような生活をする姿は、教会が定める肉抜きの日以外は暴飲暴食をするドワーフ達とは対極の存在と言えよう。それ故に教会で主流派を占めるドワーフ達とは、事あるごとに衝突していた。


「それにしてもブラウン司祭は、相変わらず寄付金集めが御上手ですな。今日の会議でも、新たな区画整備事業への出資を申し出られていましたな。私の教区と違い司祭の教区は景気が良いことで、いやそれとも例の高名な冒険者から寄付されたのでしょうか?」

「ロバート司教、個々人の寄付金に勘ぐりをされるのは感心しませんなぁ」

「いや、そいつは俺も気になる。うちのドラ息子にも少しは見習わせたいからな」

「御二人とも金額の多寡は問題ではなく、重要なことは誠意の有る無しなのです。まあ、たしかに御子息は迷宮での御活躍の割には、雀の涙程度の寄付金しかされませんが、私はまったく気にしておりませよ」

 守銭奴と囁かれるとブラウン司祭は、確かに金にうるさかった。かなり重度の菜食主義者で、身なりも決してよくないにもかかわらず、にだ。

 聖職者は地上における権力や栄華に財宝への興味がない傾向はあるが、ブラウン司祭はかなり極端な生活を送っていた。清貧を地で行くような人物ではあるが天上での権力や栄華には関心があり、そこに至る方法論として教会の装飾や都市整備には余念がない。結果として金がいるのだ。

 守銭奴ではあるが拝金主義者ではない、ブラウン司祭の一面がそこにはあった。

「それはいい話だ。教会は寄付金の多寡で冒険者を区別するべきだと、一部の方が御意見されていると噂に聞いたのだが。あくまで噂なのだな」

「アレン卿のような名誉も立場もある方が、噂に惑わされるのは感心しませんな」

「いやね。異邦人が必要以上に力を持つことに対しては、王宮においても問題になりつつあるのだよ。まさか教会が王国と揉め事を起こしたりはしないでしょうな」

「……聖騎士プレスター・ジョン殿は、地位と名誉ある騎士ですぞ」

「名誉の方は兎も角、地位はあったという方が正確だな。王にもなれたのに一介の冒険者になるなど、俺には到底理解できないが」

「地位も名誉も打ち捨てたという意味では、貴族の出でありながら冒険者を生業としている御宅の御子息とはある意味同じ存在ですな」

「あいつは、俺の息子じゃねぇ!」

「おや? 先程、『うちのドラ息子にも少しは見習わせたいからな』と言っていたよな」

 アレン卿の分が悪くなったのを察すると、ブラウン司祭は教え諭すような口調で語りかける。

「異邦人であったとしても、サイスの発展に尽くしたいと考える想いには応えなければいけません。そのことは我々にとっても有意義なことであり、彼の精神を救うことにも繋がります。御二人共、そうお思いませんか?」


 ブラウン司祭の問いに、アレン卿とロバート司教は直ぐには口を開かなかった。それは沈黙というより回答を思案しているというべきだろう。

 サイスの実質的建国はここ百年ほどあるため、他国に比べれば縛りは緩い。それでも百年を経たこともあり、四・五代は代替わりをすることで財産や地位が継承され利権や既得権益が成立していた。彼等は異邦人達を――いや、宮探索許可証を取得して王都サイスに滞在するようになっていく冒険者達が成功を収めて、自分達の脅かすのではないかと恐れているのだ。

 旧来の住民に組するのが王国側であり、人々の救済を求める声に耳を傾ける教会はどちらかといえば冒険者側に近い。王国と教会は権力の両輪であり、馬車は両輪が共に回転して初めて前に進む事ができる。両者の意見の不一致は、大きな不和となりかねないのだ。


「――たしかにブラウン司祭殿の発言にも一理があります。教会は救いを求める者達の出自が如何様であろうとも、その声に耳を傾けなければいけません」

「流石はロバート司教、分かっておられる」

「まあ、耳を傾けるとしか言っていないがな」

 アレン卿の的確な突っ込みを二人は無視をする。

 ロバート司教とブラウン司祭は共にライバルだが、新たな金づるとなりえる冒険者達を王国に独占されたくなかった。アレン卿にしても、息子が冒険者という立場上、冒険者の置かれた境遇には同情的であった。

 三者は三様の立ち位置であるが、王国よりはマシな待遇で冒険者に接したいという意味では意見が一致していた。


 カラァーン、カラァーン、カラァーン。


 遠くで鳴る教会の鐘に遠慮して三人は口を閉じる。

 鐘の音は王都サイスの街並みによく映え、自分が誰でなんのためにこの場所にいるかを忘れさせた。丘の上にいることもあり全身に風が吹きつける。あまりの心地よさからか、鐘の音が聞こえなくなってからも、会話を再開しようとはしなかった。

 暫く静かに風景を眺めていると思い悩み、探り合いや駆け引きをしていることがどうでもよくなってくる。

 三人がそのまま別れたのは必然だったのだろう。

 いずれにしてもあれほど焦燥していたロバート司教の表情がマシになっていたことを、アレン卿は見落としたまま家路に就いた。


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