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第十八話

 


 ◇第十八話



 二神は互いを牽制しつつも、より有利な位置を確保しようとしている。

 その時間は僅かであったが傍で見ていたシーラは、丸一日も睨み合っているかのような錯覚を覚えていた。

 緊張感から思わず唾を飲み込む。

 今のうちに逃げなければいけないと分かっていても、体が思うように動かない。それも無理もない。バロールの体液を全身で受けたため、体がほぼ完全に麻痺してしまったのだ。先程までは這いつくばりながらも動けいていたが、今では不可能。それでも視界と意識のみは保っていられるのは、そういう毒だからだ。

 捕えた獲物が浮かべる絶望を観る、それが暴君にして掠奪者であるバロールの愉悦なのだ。

 ヴァハの救援は絶望感に苛まれたシーラの精神を救いだすことには成功しているが、彼女に近付くには至っていない。早く接触しなければいけないのに、それが出来ない現実が徐々にヴァハを苛つかせていた。



 睨み合いを続ける状況では、ある種の鉄則が存在する。

 決して先に動いてはいけないのだ。

 川中島の合戦における四回戦を念頭に置いて主張しているのではない。「戦術」「戦略」レベルは言うに及ばず「剣術」レベルにおいても先に動くのは不利。宮本武蔵が語るところの後の先ではないが、睨み合ってしまえば相手の変化を知るのは容易であり、先の先による翻弄など極めて困難である。

 それでも不利を承知で動いたのはヴァハの方だった。

 戦いを司る女神でもある彼女は、この状況で先に動くことの愚を誰よりも理解していた。それでも動かなければいけなかったのは、シーラを逃がさなければいけないという焦りがあったからに他ならない。実戦においてフリーハンドが与えられる事など稀なのだ。

 動くと決めた以上、動き続けなければいけない。

 つまり、先の先である。


 ヴァハは右足に力を込めると、飛びこむように大きく一歩踏み出す。

 床には先程までの戦闘で湯が溢れ流れており、それをスケートリンクのように利用して滑る。その先にはシーラがいた。バロールを牽制している間、シーラと直線上に位置できる場所へと徐々に移動していたのだ。

『そうきたか』

『遅い』

 意図に気付いたバロールは触手をしならせ迎撃をしようとするが、その前にヴァハは左手をかざし炎の弾丸を発射する。

 詠唱要らずの速射砲は迎撃速度を上回った。


 光る閃光。

 呻る弾丸。

 連射、連射、連射。


『弾○薄いよ!!なにやってんのッ!!!』と、某艦長顔負けの弾幕の嵐。

 一発一発が小鬼一体を楽に倒せる威力を持つ弾丸は、雨あられとなってバロールに襲いかかる。

 が、直前で何かに衝突、爆発。

 爆風の炎すらもバロールには届かない。

 なにも見えないが障壁となる何かが存在している。襲いかかる炎の弾幕を完全に防ぎ切る様は斥力が働いているかのよう。

 斥力とは引力の対にある存在であり、引力が相手を吸い寄せるなら斥力は相手を寄せ付けない力である。もし仮に魔術によって再現できるとすれば、これほど完全な防御は恐らく存在しないだろう。実際に斥力を利用して防御しているかは分からないが、受け止められたことを予想していたのか意に介さず炎の弾丸を打ち続ける。

 一点集中するかのような撃ち続ける砲火を受け止める続ける何かは、徐々に赤々と変色し始める。が、変色すれど効果はなし。

 バロールには届かない。



 魔眼バロールは、かつて無敵を誇った魔神である。

 恐怖と暴力による圧政は反乱を呼び起こしたが、ことごとく叩き潰され踏みつけられ殺された。圧倒的なまでの力を前にして、反発が服従へと変化していくのに時間はかからなかった。隔絶した強さと暴虐な支配に民はおろか神々すらも恐怖した。

 魔眼バロールとは、それほどの強さなのだ。

 例外は光の神ルーのみ。

 もっとも光の神ルーは魔眼バロールの孫であり、ある意味同等の存在なのだ。比肩するのも当然と言えよう。

 ダーナ神族トゥアハ・デ・ダナーンの王ヌアザですら敵わないのに他の神々が敵う筈がなく、光の神ルーが現れるまで魔眼バロールと彼率いるフォモール族の苛烈な支配に服従するしかなかった。

 他に手がないのだ。

 赤子でも分かる理屈だが、一人、ヴァハだけは違った。

 一度目はメネズ族の酋長の妻として、二度目はダーナ神族トゥアハ・デ・ダナーンの王ヌアザの妻として立ち塞がり、そして敗れた。


(二度敗れて尚も立ち塞がるか。この女神は恐らく三度敗れようとも、再び立ち塞がるであろう。戦いを司る女神の名に偽りなし。不抜けた光の神々とは大違いじゃわ。いや、だからこそ一度はあそこまで堕ちたというべきか。面白い。よかろう、受け切ってくれるわ)


 バロールはニヤリと口元を歪める。逆らう者を蹂躙し絶望させる愉悦を思い出したのか、防御を優先させることにした。



 左手から放たれる炎の弾丸は絶えることがない。

 連射、連射、連射。

 あまりの激しい連射により肌が焼けるように熱くなり、左腕の血管が腫れ上がる。すぎた連射が砲身を熱して破壊するように、すぎた魔術の連射も身体に負担を強いるのだ。魔力で多少緩和されようとも限度がある。

 苦痛で顔を歪めるが、ヴァハの心は折れない。

 滑り込むようにしてシーラの元に辿りつく。未だ立ち上がれない彼女を空いている右手を使い抱き上げると、思っていた以上に状態が悪い事に気付く。


(予想はしていたけれど予想以上、発狂していないだけ大したものというべき)


 顔は青白く、両手足はピクピクと痙攣している。元々白い肌をしているのを考慮しても、この青白さは異常だった。

 好色魔神と化しているバロールが対象を殺すとは思えないが、かなり質の悪い後遺症を引き起こすような毒である可能性は否定できない。一刻も早く暫定的な処置をする必要があり、それには自身が使える中でもっとも強力な治癒呪文しかないのだが、両手が塞がっている状態では発動が出来なかった。

 左手はバロールへの牽制に、右手はシーラを抱き上げている状況では、どちらも空けることは出来ない。


(方法はある。……けれど)


 一瞬躊躇を覚えたが目の前で苦しむシーラの姿に、自分の迷いが酷く身勝手だと思い直す。


(私は戦いの神だけれど、その前に母神であり大地の女神。大地に住む子を見捨てなんて間違いは二度してはいけない。大丈夫、エルフォードは許してくれる)


 覚悟を決めるように、大きく息を吸い込む。

 右手でシーラを支えた状態で唇を重ねる。閉じられている唇の間に舌を滑り込ませ、口の中に隠された舌を手繰り寄せ自分の舌を絡みつかせた。踊るように重ね合わさせながら呪文を紡ぎ出す。

 治癒の呪文はシーラの全身を光で包む。

 光が消えると共に表情に赤みが増し始めたことから、体温が上昇してきているのが分かる。


「はぁ、はぁ、はぁ。わたしは、一体?」

『呪文が効いたようね。なら早く逃げる』

「――ヴァハさん、貴方は一体……」

『話しは後で。いいから早く!!』


 シーラを立ち上がらせると、四の五の言わさず脱衣所の方へと突き飛ばす。

 治癒の呪文を唱えている間も、左手からはバロールに向け炎の弾丸が放たれているが、それでもやはり隙は発生してしまう。視線を外していた時間はほんの僅かな隙にすぎなかったが、それを見逃すバロールではなかった。


『視線を外すとは愚かなり』


 バロールの目の前で受け止められていた炎の弾丸が一点に収束し出す。あまりの高温に空気までもが燃えるように熱い。あれを放たせてはいけないと分かっているが、一方で最早間に合わないと冷静に判断していた。


『すみません、エルフォード』

『死ねい』


 死が目の前に迫ろうとしていても、目を背けることはなかった。

(三度戦い敵わなかった。それだけの話。唯一の悔いはエルフォードともっと一緒に居たかった)


 ズズズズズッッッッッッン。


 爆発。

 強烈な爆風は今までの戦闘で壊れていなかった箇所の塀までもなぎ倒し、脱衣所に逃れようとしていたシーラまでも吹き飛ばす。

 不意に後ろから吹き飛ばされたため、受け身も取れぬまま壁に頭を激しく叩きつけらる。シーラは気を失いそうになりながらも何が起きたのか視認しようとするが、爆風で上がった水蒸気により視界は覆い隠されていた。


「ヴァハさん……」


 ヴァハの安否を案じつつもシーラの意識は、徐々に晴れていく水蒸気と反比例するように落ちていくのであった。


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