プロローグ
生まれたばかりの我が子が神木リュウ様の試練を受けた。
我が子は試練を与えられた。
望んではいなかったのに。誰が我が子に呪われ子になって欲しいだなどと望むものか。
妻に抱かれた、すやすやと眠る赤子。
私によく似た硬めの黒髪に、目を開けると妻と同じ黄金色の目が、無垢な我が子の顔を彩っていた。
何事もなく、月日は過ぎた。
初めて寝返りをうった姿。
つかまり立ちをしたとき。
全て愛おしかった。
試練を与えられたからといって、私と妻とどこが違う? 違うところなどありはしなかった。
赤子だった我が子は二年経っても、突然空を飛ぶわけでもなく、泣いて雷を落としたり、嵐を呼んだり、水を噴射したりするわけでもなかった。
片言の言葉を話し始めても、他の呪われ子たちみたいに、与えられた力が発現したりしなかった。
だから、安心していたのに。
たった今、目の前で。
二歳の我が子が蜥蜴の姿になった。リュウ様に与えられた試練の力が──呪いが発現したのだ。
妻と二人で、我が子を寝かせようとした時、それは起こった。
我が子の体から黒光りする靄が立ち込め、咄嗟に妻を連れて我が子から離れると、子が蜥蜴の姿になっていたのだ。
蜥蜴の頭に金色の二本の角。
胴体には小さな黒い皮膜のような翼が。
蜥蜴の姿をした何かだった。腐怪とも言えそうな異形の獣だ。
妻は声も出せずに私の腕の中で倒れた。
衝撃だった。
獣の姿になる呪いもあることを知っていた。虎や狼になる呪われ子を見て、羨ましいと感じたこともある。しかし、我が子が人の姿でなくなるのを見た瞬間、そんな考えは消え去った。これはまさしく呪いなのだと。そう悟ってしまった。
せめて、せめて獣の姿になる呪いでなければ、我が子として可愛がることもできただろうに。これは本当に我が子なのだろうか。いや、我が子は試練を与えられた時に、もう、我が子ではなくなっていたのではないか。そんな思いに駆られた。
気絶している妻を抱え、寝台に寝かせた。
寝台の端で獣の鳴き声を発している、蜥蜴のような生き物を見る。
獣化型の神木守は、鎖で繋がなければならない。震える手で我が子だった獣を持ち上げ、寝室をあとにしようとした。
そのとき、気絶していた妻が、うわ言のように呟いた。
「……さっきまで、確かに私たちの子、だったのに」
恐怖に染まった目が、私の手元を見ていた。
「私たちの子は……どこに行ったの……?」
妻に向かって、ゆっくりと首を振った。
分からない。私にも分からなかった。いや、分かりたくなかった。我が子が、獣化型の呪いを与えられただなんて、分かりたくもなかった。
ふっと瞼を落とした妻の、冷や汗が浮かんだ額を拭い、片方の手で持った蜥蜴を見ないようにして寝室を出る。
「……獣化型の、神木守は……鎖にッ」
虚ろに呟いて、片手で額を押さえた。
我が子にそんな惨いことを。いや、これはもう、我が子ではない。あの、試練の時に、我が子はリュウ様に仕えるよう、召し上げられた、呪われ子になっていたのだ。
「長の、元に……」
ふらりと薄暗い廊下を歩き、我が家を後にした。




