表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/11

異世界生活、始まると思ったんだよぉ!!(1回目

前回終わりに出てきた男子視点。

彼、俗に言う…異世界勇者です。


光に飲まれた、という感覚が最初だった。


次に意識が戻った時、足元には幾何学的な魔法陣。視界いっぱいに広がる石造りの天井と、過剰なほど整えられた広間。空気は重く、妙に澄んでいる。


そして、見知らぬ人間達。


王冠を戴く者、鎧を纏う者、祈るように立つ者。


その中心に、自分が立っていた。


 


状況を理解するより先に、喉から間の抜けた声が漏れる。


現実感が薄い。夢にしては妙に細部が鮮明で、冗談にしては揃いすぎている。


 


周囲が動く。


安堵の息、確認の声、成功という単語。


誰かが「勇者」と言った気がした。


 


その言葉だけが、妙に耳に残る。


 


続いて語られるのは、この世界の説明だった。


魔界という領域の存在。


魔物と呼ばれる存在。


人類と魔界の長い対立。


そして、均衡の変化。


 


そして――魔王の代替わり。


 


そこで空気が変わる。


周囲の緊張が一段階だけ上がるのが分かる。だが、不思議なことに「倒せ」とは誰も言わない。


代わりに出てくるのは曖昧な言葉ばかりだった。


変化。兆候。観測。均衡。


討伐ではなく、確認。


排除ではなく、把握。


 


静かすぎる、と王は言った。


魔界は動いていないようでいて、内部では変質している可能性がある、と。


だから勇者を呼んだのだと。


 


――調査のために。


 


その説明に、ようやく少しだけ実感が追いつく。


勇者召喚。


異世界転移。


物語でしか知らなかった現象。


 


……現実として存在するらしい。


 


だが同時に、妙な違和感もある。


想像していたものより、ずっと事務的だ。


世界の危機というより、未確認領域への派遣に近い。


 


そして、その“魔界”という場所の印象は、あまりにも一方向的だった。


危険。未知。脅威。


それ以上でも以下でもない。


 


それでも、どこかで微かに期待している自分がいる。


物語のような冒険を。


分かりやすい敵を。


分かりやすい答えを。


 


その感情に気付いた時、自嘲気味に息を吐いた。


 


王は淡々と続ける。


派遣の準備は既に整っていること。


詳細な支援は現地で行うこと。


魔界側の詳細情報は限定的であること。


そして、現時点で最も重要なのは――生存であること。


 


「……生存?」


 


思わず聞き返した言葉に、明確な答えは返ってこなかった。


それが逆に、現実味を増幅させる。


 


ここから先は、誰も保証していない。


そんな空気だけが確かにあった。


 


説明が終わると、時間は驚くほど早く進んだ。


準備と呼ばれるものは最低限で、儀礼的なものに近い。


見送りの言葉、形式的な激励、そして静かな沈黙。


 


その間、自分の思考は妙に現実的だった。


逃げるという選択肢はない。


拒否という概念も、既に過去のものになっている。


ならば残るのは一つだけだ。


 


――行くしかない。


 


そう整理された思考の中で、ふと視界に風が差す。


前髪が目に落ちる。


何度か無意識にかき上げたそれは、いつの間にか視界を遮る癖のようになっていた。


 


少しだけ鬱陶しい、と感じる。


 


考えずに制服のポケットへ手を入れた。


そこに指先が触れる何かがある。


 


柔らかい輪。


布製の小さな輪っか。


 


いつかの制服検査の時、たまたま並んでいた保健委員から渡されたものだった。


「切るか、纏めるかしてください」


そんな事を言われた気がする。


そのまま、使わずにいた。


 


理由は単純だった。


気恥ずかしかった。それだけだ。


 


だが今は、少し違う。


 


鬱陶しさに小さく息を吐き、前髪をかき上げる。


そのまま、自然な流れで髪を後ろへまとめる。


手元は迷わない。妙に慣れている自分がいる。


 


結び終えた髪を軽く払うと、視界がわずかに広くなった気がした。


 


――案外、悪くないのかもしれない。


 


そう思った瞬間、自分でも理由の分からない納得があった。


世界が変わったからなのか、自分が変わったからなのかは分からない。


ただ少なくとも、今は前が見えている。


 


それで十分だと思った。

…………異世界生活、始まると思ったんだよぉ…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ