嫌いだと、何度も言い聞かせて【ナカジマ回想】
ナカジマは、ユキという人間が嫌いだった。
少なくとも、そう思い込むことで、自分を保ってきた。
画面の向こうにいるはずの男の名前を見るたび、胸の奥に小さな棘が刺さる。痛みと呼ぶほどではないが、無視できない違和感だった。
【ユキ:初心者さん大丈夫?】
【ユキ:装備あるから渡すよ】
【ユキ:無理しないでね】
全チャに流れるその言葉は、いつも穏やかで、角がなくて、誰に対しても同じだった。
――うざい。
最初は、ただそれだけだった。
(なんだよ、あいつ)
(いい人ぶって)
(誰にでも優しくして)
(どうせ裏があるんだろ)
そうやって、何度も心の中で吐き捨てた。
だが、気づけば視線は、無意識にユキを追っていた。
狩場でも。 拠点でも。 パーティ募集のログでも。
いつの間にか、探している。
その事実に気づいた瞬間、ナカジマは自分に嫌悪した。
◇
ナカジマは、自分が「中途半端な存在」だということをよく知っていた。
廃課金ほど金は使えない。 無課金勢ほど時間もない。 トップ層には届かない。 だが、下位に甘んじるほどでもない。
常に、真ん中。
努力しても、報われない側。
だからこそ、ユキの存在は眩しすぎた。
威張らない。 誇らない。 実績を自慢しない。
それなのに。
人は集まる。 信頼される。 好かれる。
(……ズルいだろ)
(なんで、あいつだけ)
理由のない嫉妬が、積もっていった。
◇
最初にユキとまともに関わったのは、イベント狩りの失敗だった。
ナカジマの操作ミスで、パーティが壊滅した。
全滅。 報酬ゼロ。 時間の無駄。
最悪の結果だった。
「……すみません」
震える指で打ち込んだチャット。
罵倒される覚悟はしていた。 蹴られる覚悟も。
だが。
【ユキ:大丈夫ですよ。次いきましょう】
それだけだった。
責めない。 煽らない。 責任を押しつけない。
拍子抜けするほど、あっさりしていた。
(……なんだよ、それ)
(怒れよ)
(普通キレるだろ)
なのに、なぜか胸の奥が軽くなった。
その感覚が、怖かった。
◇
それから、少しずつ会話が増えた。
狩りの合間。 待機時間。 イベント後。
大した話ではない。
だが、ユキはいつもきちんと聞いた。
途中で遮らない。 馬鹿にしない。 適当に流さない。
ある夜。
酒に酔った勢いで、ナカジマは弱音を吐いた。
【ナカジマ:最近さ……仕事きつくて】
送信した瞬間、後悔した。
(何やってんだ俺)
(情けなすぎ)
だが、すぐ返事が来た。
【ユキ:無理しすぎてませんか】
【ユキ:ここでは休んでいいんですよ】
その言葉を見た瞬間、胸が熱くなった。
久しく感じていなかった感覚だった。
“認められた”という感覚。
◇
だからこそ、ナカジマは怖くなった。
(……なんで俺、こんなに話してるんだ)
(なんで、あいつにだけ)
(依存してるじゃん)
自覚した瞬間、背筋が冷えた。
依存は弱さだ。 負けだ。 支配される側になる。
それだけは、嫌だった。
◇
モユルが現れてから、すべてが狂った。
ランキング1位。 圧倒的課金。 圧倒的存在感。
ユキの隣に、当然のように立つ女。
それを見た瞬間、胸が締め付けられた。
(……あいつには、ああいうのが似合うんだ)
(俺じゃない)
悔しさと劣等感が、混ざり合う。
だから、ナカジマは自分に言い聞かせた。
(嫌いだ)
(あんなやつ嫌いだ)
(信用できない)
何度も。 何度も。
◇
なのに。
辛いときに思い浮かぶのは、いつもユキだった。
相談したい。 話したい。 聞いてほしい。
気づけば、個チャを開いている。
【ナカジマ:……ちょっと聞いてほしい】
送信後、毎回後悔する。
(まただ)
(馬鹿か俺)
それでも、ユキは変わらない。
静かに聞く。 否定しない。 突き放さない。
それが、苦しかった。
◇
ある日。
ナカジマは気づいた。
ユキが他の女と話しているだけで、胸がざわつくことに。
(……は?)
(なんでだよ)
(意味わからん)
否定しても、感情は消えない。
むしろ、強くなる。
◇
ナカジマは、思ってしまったことがある。
(……みんな離れればいいのに)
(俺だけいればいいのに)
その考えに、自分で震えた。
(……最低だろ)
自己嫌悪が増した。
だから、さらに否定した。
嫌いだと。 関わりたくないと。
何度も。
◇
ナカジマは知らなかった。
その嫌悪も。 嫉妬も。 否定も。
すべてが、執着の裏返しだということを。
彼は今日も思う。
(俺は、あいつが嫌いだ)
(関わらない方がいい)
そう言いながら。
一番ユキを見ているのは。
――誰よりも、自分だった。




