胃薬が足りない【アル中視点】
正直に言う。
俺は、この世界に来てからずっと、胃が痛い。
最初はなんか痛いなぁくらいだったのに、今じゃ胃の中が毎回食い荒らされたかのように痛い。
異世界だの転移だの言われても、人間の本質は変わらねえ。欲望も、嫉妬も、執着も、現実より濃縮されて噴き出してくるだけだ。
で。
その中心にいるのが、決まって――ユキだ。
「……またかよ……」
セーフティゾーンの端で、俺は壁にもたれながら、ため息をついた。
視線の先。
ユキの周りに、女が三人。
モユル、みっふぃ、Layla。
地獄の三点セット。
誰かが言ったわけじゃない。でも、サーバー内でこの三人をまとめてそう呼んでる奴は、絶対いる。
しかも最近は。
そこに、ナカジマまで混ざってくる。
「……勘弁してくれ……」
俺は、ただの十一位だ。
酒が好きで、仕事失って、人生しくじって、ネトゲに逃げてきたおっさんだ。
修羅場の仲裁係なんて、荷が重すぎる。
最初は、まだ平和だった。
転移してきた直後。
ユキは戸惑ってたし、モユルも様子見だった。みっふぃはいつも通り距離近かったし、Laylaはまだ静かだった。
ナカジマも、あの頃は普通だった。
いや、普通「っぽかった」だけか。
あいつは、最初からユキを妙に持ち上げてた。
「ユキくんすごいよね」 「さすがだよね」 「尊敬するなあ」
口ではそう言いながら、目が笑ってねえ。
長くネトゲやってりゃ分かる。
ああいう奴は、だいたい拗らせる。
案の定だ。
ある日を境に、ナカジマは変わった。
ユキの周りに人が集まるたびに、微妙に話題をずらす。
「でもさ、それって効率悪くない?」 「まあ、別のやり方もあるよね」
さりげなく、評価を下げる。
直接は攻撃しない。
ネチネチ、ネチネチ。
性格悪い。
しかも、本人は「俺は冷静なだけ」と思ってるタイプだ。
見てて胃が痛い。
その頃からだ。
空気が、変わり始めたのは。
モユルの監視が、加速した。
みっふぃの距離が、さらに縮んだ。
Laylaのメンタルが、崩れ始めた。
全部、同時進行。
誰もブレーキを踏まない。
俺だけが、横で「やばいな……」って思ってた。
ある日。
ユキがモユルと組んでクエスト行っただけで、Laylaが半日黙り込んだ。
別の日。
みっふぃがユキと雑談してたら、モユルの機嫌が露骨に悪くなった。
ナカジマは、その全部を見て、裏で火を注いでた。
「Layla、最近つらそうだよね」 「モユル、ちょっと重くない?」
本人たちに、じゃない。
“別の誰か”に言う。
噂として回す。
最低だ。
でも、本人は無自覚だ。
そこが一番タチ悪い。
俺は何度か、ユキに言おうとした。
「なあ、ちょっと距離考えた方がいいぞ」 「全員に優しすぎだ」
でも。
ユキは困ったように笑うだけだった。
「……そんなつもりないんですけど」
分かってねえ。
分かってねえんだ、こいつ。
優しさが凶器になるタイプ。
そして、決定的だったのが。
Laylaの、あの夜。
全チャ事件。
《もう無理……》 《生きてる意味ない……》
あれを見た瞬間、俺は頭を抱えた。
「終わった……」
完全に終わった。
案の定。
全員の視線が、ユキに向いた。
責める目。 心配する目。 恨む目。
全部。
ユキは何もしてねえ。
何もしてねえのに。
背負わされる。
モユルは黙ったままLaylaを睨んでた。
みっふぃは明らかに苛立ってた。
ナカジマは、妙に静かだった。
一番怖いやつだ。
俺は、その場で思った。
(……これ、もう止まらん)
人間関係ってのは、一度歪むと戻らねえ。
しかも、逃げ場のない世界だ。
ログアウトして距離取る、ができねえ。
毎日、顔を合わせる。
毎日、感情が擦れる。
地獄の無限ループ。
最近、ユキは疲れてる。
目に見えて分かる。
笑顔が薄い。 反応が遅い。 一人になる時間が増えた。
それでも、誰も手を離さない。
離すどころか、取り合う。
俺は思う。
こいつら、ユキのこと好きなんじゃない。
依存してるだけだ。
自分の不安を、寂しさを、全部ユキに押し付けてる。
ユキは、それを受け止め続けてる。
壊れるまで。
「……俺、何してんだろな……」
酒もない世界で、ため息だけが増えていく。
助けたい。
でも、俺に何ができる?
ただの負け組おっさんだ。
説得力も、影響力もない。
それでも。
せめて。
あいつが完全に潰れる前に。
誰かが、止めなきゃいけない。
そう思いながら。
今日も俺は、地獄の観客席に座っている。
胃を押さえながら。
第1部本編これで終了です。
こんななろうの作風に全くそぐわない精神リンチ展覧会のような作品に付き合っていただいてありがとうございます!アクセス感謝です(*・ω・)*_ _)ペコリ




