初めての救済【関ヶ原モユル回想】
関ヶ原モユルが《Eternal Frontier Online》を始めたのは、ほんの気まぐれだった。
仕事と家の往復だけの毎日。特別に不満があるわけでもない。けれど、心のどこかが、ずっと乾いていた。
暇つぶしのつもりでインストールし、適当に作ったキャラクター。名前も初期設定。
右も左も分からないまま、チュートリアルを終え、初期フィールドに放り出された。
「なに、これ…?」
敵は強い。回復アイテムは足りない。操作も覚束ない。
それでも必死に戦って、少しずつ装備も揃ってきた。その頃にはこのゲームの面白さもわかってきてた。
そんなとき、事件は起きた。
―――
初心者の森の奥で、レベル上げをしていた時。
突然、背後から誰かに襲われた。
「え――?」
はじめて間もないプレイヤーを狙った攻撃。
いわゆる、“初心者狩り”。
高レベルの装備に身を包んだ数人のプレイヤーが、無言で囲んでくる。
逃げる間もなかった。
HPは一瞬で削られ、画面は灰色に染まった。
《You are Dead》
表示と同時に、インベントリが空になる。
装備。素材。貴重な回復薬。
すべて消失。
「……うそ……」
呆然とするしかなかった。
必死に集めたものが、一瞬で消えたのだ。
謝罪もないし、煽りもない。初めから襲撃する気しかなかったんだろう。インベントリの中身まで根こそぎ奪われて、無言で立ち去っていく。
取り残されたモユルは、しばらく動けなかった。
(……こんなの……)
悔しいより、虚しかった。
努力が、無意味に踏みにじられた感覚。
画面を閉じようか、本気で迷った。
◇
「……もう、やめようかな」
呟いた、その時だった。
「大丈夫?」
突然、チャットが届いた。
見知らぬ名前。
《Yuki》
「初心者狩り、されましたか?」
短いメッセージ。
モユルは、少し迷ってから打ち返した。
「……はい」
「そっか」
数秒の沈黙。
その後、すぐにトレード申請が飛んできた。
「え……?」
画面を開くと、そこには。
防具一式。武器。アクセサリー。回復アイテム。
どれも、初心者用とは思えない装備だった。
「間違ってません?」
「合ってるよ」
「でも……こんなの……」
「もう使わないから」
あまりにも、あっさりした返事。
困惑するモユルに、さらに続けてくる。
「初心者狩りで嫌になってやめる人、多いからさ」
「ちゃんと助ける人もいるって、知ってほしくて」
指が止まった。
そんな理由で?
赤の他人に?無償で?
「いいんですか?」
「うん」
「……何か、条件とか……」
「ないよ」
ユキは宣言通り、何も要求してこなかった。
連絡先も聞かないし、フレンド申請もしない。馴れ馴れしくもしない。
ただ、装備を渡しただけ。それだけだった。
「じゃ、お疲れ様」
そう言って、ユキはそのままログアウトした。
あまりにも、潔すぎる別れだった。
―――
それから数日。
モユルは、何度もログインした。
ユキからの個チャは、来ない。フレ申請も来てない。
まるで、何事もなかったかのように。
(……なんなの、この人)
助けてくれたくせに。距離を詰めてもこない。
気づけば、ログインするたびに、ユキの名前を探していた。
ある日。
思い切って、自分から話しかけた。
「この前は、ありがとうございました」
しばらくして、返事が来る。
「あ、良かった。まだ続けてくれて」
その一文で、胸が少し温かくなった。
「…なんで、あんな良い装備くれたんですか?」
ずっと、それが聞きたかった。
見ず知らずの人間に見返りない親切を施す理由を。
「pkで嫌な思いしてやめる人、減ったらいいなって」
「余計なことだったら、ごめんね」
軽い謝罪。
本気で、見返りを求めていない。
その事実が、モユルの胸に深く刺さった。
「……余計じゃないです」
「すごく、救われました」
「そっか。よかった」
それだけ言って、またログアウト。
変わらない距離感。
近づかない。踏み込まない。
だからこそ。
心に残った。
―――
(なんで、こんなに気になるんだろう)
親切な人なんて、いくらでもいる。
優しい人も、珍しくない。
でも。
ユキは違った。
ただ、相手に寄り添うだけ。
別に評価も期待もなにも欲しがってない。
まるで――
“助けること”が、当たり前みたいに。
(ずるい)
そう思った。
こんな形で、人の心に残るなんて。
知らないうちに。
静かに。でも確実に。
ユキは、モユルの中に居場所を作っていた。
それが、すべての始まりだった。




