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救済と地獄【関ヶ原モユル回想】

関ヶ原モユルは、自分が“おかしくなり始めた瞬間”を、はっきり覚えている。


スマートフォンに映る《Eternal Frontier Online》のログイン画面を、ベッドに寝転びながら何気なくタップする。今ではすっかり日課になっている。ゲームが面白いから、という理由もある。

けれどいちばんの理由は、そこにユキがいるからだ。


《ユキ:こんばんは》


その一言が表示されるだけで、胸の奥がわずかに軽くなる。


(今日もいる。良かった)


最初はそれくらいの気持ちだった。優しくしてくれたから、懐いただけ。自分はただ、感謝を返しているだけだと、そう思っていた。


―――

ユキと出会ったのは、モユルがまだ初心者だった頃。

PKエリアで初心者狩りに遭い、装備もアイテムもすべて失って立ち尽くしていたとき、通りがかったユキは何も聞かずに装備一式を差し出してくれた。


《ユキ:もう使わないので》


それだけだった。

見返りも連絡先も何も求めない。その“何も求めなさ”が、モユルの心に深く刺さった。

それ以来、モユルはユキを目で追うようになった。

ユキがログインする時間に自分もインするようにしたり、ユキがよく行く狩場に先回りしたり。少しずつモユルの中でユキがいる日常が当たり前になってきた。


(ああいう人になりたい)

(優しくて、強くて、余裕がある人に)


そう思っていた。少なくとも、自分の中では。


―――

変化は、課金から始まった。

ガチャ限定の翼アバター。どうしても欲しくなって天井まで回してしまった。100連で確定排出。一晩のうちに3万円が溶けた。

その3万をキッカケに、課金に対して自制心が緩くなったのかもしれない。

気づいたときには、歯止めが利かなくなっていた。

理由は単純だ。ユキに近づきたかった。

ユキと同じダンジョンや狩場に行きたい。一緒に肩を並べて遊びたい。そんな小さな期待が、現実生活との境界を曖昧にした。

クレジットカードの明細は見ないようにしていた。

ある日、一件の通知が届く。


《ご利用可能額を超過しています》


慌てて確認した金額は、三十万円。一ヶ月でだ。

普通なら怖くなるはずだった。

だがモユルの頭に浮かんだのは、別の考えだった。


(これで、1位になれる)

(これで、ユキの隣に立てる)


その発想が、すべてを上書きした。

限度額を上げ、別のカードを作り、分割にし、足りなければリボに回す。負債は雪だるま式に増えていった。それでもやめなかった。やめられなかった。

その分、ランキングはどんどん上がる。

名前が上に行くたびに、快感が強くなる。

そして、ついに1位になった日。全チャは祝福で埋まり、称賛の文字が流れた。

だがユキは、いつも通りだった。


《ユキ:おめでとうございます》


それだけ。特別扱いも、距離の変化もない。その平坦さが、何よりも苦しかった。


(私、こんなにしてるのに)

(全部、あなたのためなのに)


その夜、モユルは誰にも気づかれないように泣いた。


―――

やがて、貢ぎが始まった。

手に入れたものを「余ってるから」と言って渡す。本当は余ってなどいない。すべて、ユキのために買ったものだった。


(なにやってんだろ、私)


ふと我に返り、自己嫌悪に苦しむ瞬間もあった。

でもせっかく掴んだランキング一位の称号は手離したくない。

カードは限界に近づき、督促も届き始める。口座は空。それでも止まらなかった。


(やめたら、終わる)

(私、何も残らない)


どこかで理解している。

所詮、ゲームの課金なんていつかは電子の藻屑になる。

こんな事を続けてユキが自分を見てくれるかもわからない。

だが認めた瞬間、救われた自分まで消えてしまいそうで、目を逸らした。


―――

ある夜、ユキが言った。


《ユキ:無理してませんか》


たった一行で、堤防がひび割れる。ユキは気づいていたのだ。自分の無理を。

それでも踏み込まず、ただ寄り添うだけ。その優しさは、抱きしめられるよりも残酷だった。

モユルは笑って返す。


《モユル:大丈夫だよ》


全部、嘘。

それでも彼女は、今日も課金する。

クレジットカードを握りしめながら、自分を削りながら。

ユキの隣に立つために。

それが愛なのか、支配欲なのか、もう自分でも分からない。ただ一つ確かなのは、彼女がもう後戻りできない場所に立っているという事実だけだった。わ

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