表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

30.笑い合えること

 それから、二人でたくさんの話をした。

 でも、あの夜のことはまだ話せていない。


「すべてを話さなくてもいいですよ」


 ノア先輩はそう言ってくれる。


「でも……」

「いつか、話せるときが来たら教えてください」

「……こなかったら?」

「う~ん。では、一つだけ教えてください。

 あなたは、自分自身で何か恥ずべきおこないをしましたか?」


 恥ずべきおこない……、あれは、あの夜は、私の人生において一番恥ずべきことだ。


「何かに巻き込まれたのではなく、あなた自身のおこないですよ?」


 私は……私はただ、病人かと思って駆け寄っただけで。酔っ払いであっても放っておけないから、人を呼ぼうとしただけ。本当に、ただ、それだけだった。


 もし、同じことがまたあったとしても、きっと駆け寄ってしまうだろう。今度は大声で人を呼んだりと対策はするだろうけど、それでも見捨てたりはできないと思う。

 だって、人として当然の行動でしょう?


「私は恥ずべきことは、一切しておりません」


 聞いてくれてありがとう。私は何も間違ってはいなかったのだと思い出すことができた。


「はい、あなたを信じます」


 迷いのない眼差しと言葉。それは同情ではない、彼の本当の気持ちだと伝わってくる。


「だから大丈夫ですよ、話せなくても。もし、聞いてほしいと思ったら話せばいいですし、言いたくなければそれで。

 あなたは? 私に聞きたいことはありますか?」


 私は素直にトレイシー様のことをどう思っていたかを聞いた。たとえ過去のことでも、思いを残しているかどうかは気になってしまう。


「トレイシーは……」


 先輩は少し言い淀んだ。それは、彼女への思いを誤魔化すというよりは、別の事を気にしているようだった。


「ラザフォード家では大切だけど大切ではなかった?」


 私がそう言うと、先輩は少し驚いた顔をしつつも、そうだね、と話を続けた。


「ラザフォード家は貴族らしい考えの家でした。当主の意見は絶対でしたし、嫡男であるユージーン殿をなによりも大切にしていました。

 もちろん、トレイシーが粗雑に扱われていたわけではありません。ただ、一番は家。そして当主、嫡男。

 トレイシーは意見する立場にはいなかったんです」


 思っていた通りのようだ。その教育方針で妹を大切にできたユージーン様はすごいのかも。


「だから、家族の会話でもいつも聞き手でした。相槌を打ちながら微笑むだけ。何かをやる時は、やりたいかどうかではなく、指示されるとおりにするだけです。

 すでに決定したことを告げられるだけ。トレイシーもそれが当然だと……」

「……先輩?」


 どうしたのだろう。まるで何か痛みを我慢するかのような、


「先輩も無理しなくていいですよ」


 つい、そう言ってしまった。だって気が付いてしまった。先輩は今まで一人で耐えて来た人なのだと。


「いえ、大丈夫です」

「本当に?」

「私も誤解されるのは嫌ですから」


 そう微笑まれると、続きをお願いしますとしか言えなかった。


「婚約したのは15歳。初めて会った彼女は、何だか硝子細工みたいでした。

 外見もですが、微笑んでいる顔がまるで作り物みたいで、硝子玉のような感情の見えない瞳が少し苦手でした」


 意外だわ。もっと好意を持っていると思っていたのに。


「だから、聞いたんです。トレイシーはどうしたいか、どう思ったのか。

 最初はきょとんとしていて。まるで、異国の言葉を聞いているような顔でしたね。

 それでも諦めずに会うたびに色々と聞いて。少しずつ、あの子も自分の気持ちや出来事を話してくれるようになりました。人形みたいだった彼女が普通の女の子になっていくみたいで、私は妙な達成感を感じてしまいました」

「分かる気がします。私も気難しいと有名な後輩が懐いた時は、よし! と拳を握りましたから」

「もしかして、今、宰相閣下が(しご)いていて、殿下にイジられてる彼ですか」

「……あはは、そうですね?」


 ごめんなさい、メイナード。でも宰相閣下は貴方に期待しているの。殿下も手応えがあって楽しいのよ。全部貴方ができる子だからなの。今度何か差し入れしよう。


「だから、恋愛という感情ではなかったですね。もちろん、大切にしようと思いましたし、幸せにしたいとも思っていました。いつか愛することができればと……。でも、そこで終わりました」

「そうなのですね。でも、トレイシー様も?」


 嫌だな。思ったよりも私は嫉妬深いのかも。

 でもだって、死を覚悟したときに手紙を送ったのが先輩なのだもの。最後に愛の告白とかだったらと考えるとモヤモヤしてしまう。


「それはないな」


 思ったよりも冷たい声だった。冷たくて、でも傷付いた、そんな声。


「最後の手紙は愛などではなかったから。

 ……でも、ごめん。これは私だけの話ではなくなるから話さなくてもいいかな」


 ……そうね。彼女が先輩に宛てた手紙だもの。全部を知りたがるなんてよくないわね。


「大丈夫。恋愛じゃなかったって知れたから」

「一度目も二度目も、惹かれたのは同じ女性だったよ」

「なっ!?」


 何この口説き文句は。落ち着け、負けては駄目よ。殿下にも負けなかった自分を思い出して!


()()。そうやって少しくだけた話し方のほうが嬉しいです」


 ニッコリと微笑みながら伝える。


 初めて名前で呼んでしまった。そういえば、迂闊なことはするなと言われた気もするけど仕方がない。負けてばかりは悔しいもの。


「それは、私を好きだということ?」


 しかしまさかの攻撃がやってきてしまった。


「……まあ、私から言わせるのですか」


 どうしよう。引っ込みがつかなくなってきた!


 そんな私の動揺をよそに、彼は私の前で跪いた。


「シャノン・クロート嬢。あなたをお慕いしています。正式に婚約の打診をしてもいいですか?」


 ……彼は本気だ。本気で私との結婚を望んでくれている。


「……私も、あなたを好ましく思っています。でも、その気持ちとは別で、……その、夜の営みに恐怖を感じてしまいます。いくら好きでも……無理かもしれません」


 ……言ってしまった。とうとう言ってしまったわ。女性として欠陥品だと伝えてしまった!

 分かっていたかもしれない。それでも、本当にそうだと知ったら、彼はどう思うの?


「言い難いことを言葉にしてくれてありがとう。でも、それは私も同じです」

「……え?」

「トレイシーのことを知ってから、そういうことに嫌悪感を持ってしまって。……その、一度も試したことがないので、正直分からないのだけど。ですから、焦らずに二人でゆっくりと頑張ってみませんか?」


 え? 試したことがないって……?

 あら。また真っ赤になっているわ。


「ふふっ」

「傷付くから笑わないで」

「だって真っ赤なのだもの」

「……あなたのために大切に取っておいたとでも思ってくださいよ」

「あははっ、絶対に嘘なくせに!」


 結局は二人で大笑いした。

 欠陥品である告白をして、こんなふうに笑い合えるとは思いもしなかった。


 それからしばらくして、私達は正式に婚約した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
落ち着く所に落ち着いて、幸せになれますよ、きっと。
あらあら、まあまぁ! やっぱり、先生はファインプレーでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ